第2話 お前と僕の友情を疑ったことはこれまで一度もないが、今日という今日は限界だ! お前との友情は今日この場を持ってお終いだ!
「春夏秋冬殺人事件」で名前だけチラリと触れられた女史である。
たかが一作家と一編集の関係と言っても殻井証拠とハルトの付き合いは長く、一十一人のデビュー時の頃まで遡る。
むしろ、正確に言えば来戸ハルトが物書きの真似事を始めたのではなく、殻井証拠が知り合いだったから来戸ハルトはなにかを血迷って物書きなんて職業を始めてしまったと他七日リスカは言っていた。
『いや、今居るのは所用で王浜だな。が、十五分だ。絶対十五分でそこに行ってやるからお前首を洗って待ってろよ! そしてリスカの話を洗いざらい吐かせてやる!』
「あいつの話くらいは今度会った時してやっても構わないが」
「春夏秋冬殺人事件」に置いて殻井証拠の名前を出していたのは、一十一人の名前を幾度も繰り返して出していたように他七日リスカなりの公平さの一端だったらしい。
しかし、その一十一人の名前を出していたのも(それが嘘三つ目らしいが)先程は「聞き手にフェアな語り手になる為」なんて嘯いていたがそれは少し事実と異なる。
何より、他七日リスカは拉致られたのではなく(嘘四つ目)端から一十一人の話を聞く為に自らあの牢獄を訪れたのだから。
一十一人というよりは来戸ハルトの話か。
来戸ハルトと殻井証拠の付き合いの話を以前から知っていたあいつは初めは「正体不明の小説家・一十一人=来戸ハルト」だと睨んでいたのだ。
一つ目の話で一十一人のことばかり話していたのは一応話の公正さを期す為でもあったが、元より一十一人の情報収集ばかりしていたから、単にその話くらいしか他七日リスカに話せることが無かったのだ。
『何言ってんだ、それじゃ遅いだろ! お前がさっき会ってたってことは、今ならその近くにリスカが居るってことなんだから!』
「まあ、そうと言えなくもないが。あいつがここ立ち去ったの一時間も前だからもう大阪か神戸くらいに逃げてるんじゃないか」
その過程で拘束されて殺人鬼が殺人鬼を狩る悪夢のような事件に巻き込まれたどころか、アテも外れ一十一人は日取其月という名の別人だった、なんて完全な無駄足になってしまったのだが――しかし結果として他七日リスカに取ってその一件は収穫もあった。
なにせ、他七日リスカはそれで「C.H.K.は実在するのだ」と確信することが出来たのだから。
『はぁ!? じゃあ、お前なんで七十五分前に電話してくれなかったんだよ! お前嘘だろ!』
「なんでって、そりゃあ……お前、こうなるからに決まっているだろ」
他七日リスカは「先天的強迫性殺人障害が世間一般的に広く周知されている」と言っていたが、それは嘘である。(嘘五つ目)
俺も「人を殺さずにはいられない」なんて奇病の存在を知らないし、他七日リスカの口振りからただのあいつの嘘だと思っていたが、世間的に認知されていると言うのが嘘で先天的強迫性殺人障害――C.H.K.自体は実在するらしい。
いや、他七日リスカの言葉を借りるならば「実在することにはなっている」か。
それもまた「人為探偵」に連なってくる話でもある――なにせ雲燕寺の六分魅方位住職を殺した住職の実の娘、上樵木結愛はC.H.K.だったのだから。
『お前と僕の友情を疑ったことはこれまで一度もないが、今日という今日は限界だ! お前との友情は今日この場を持ってお終いだ!』
「……お前は昔からそんなきらいはあったとは言え、ここまで大袈裟に拗らせていなかったというのに。何がお前をそうしてしまったんだろうな」
先天的強迫性殺人障害とは全て先天的に特異的な形質から生じるものらしい。
その形質自体は染色体が足りないだか短いだか、希少な血液型だか、そんな生物学的な範疇の内容を他七日リスカも詳しくは知らないらしいし、結局その体質と殺意の因果関係の証明もなされていないが――しかしC.H.K.患者は皆同じ体質であるということだけは判明しているのだ。
その確度はA型は几帳面だとか、O型は大雑把だとか、そんなバーナム効果を利用した占いなんか比べ物にならない程。
なにせ、統計学的には事実とされるくらいには、C.H.K.と診断された人間は他人を殺し続けてきたのだから。
上樵木結愛がC.H.K.になり得る体質だと判明したのは彼女の犯行後である――正しく言えば六分魅住職を司法解剖した結果彼にC.H.K.の形質が発見され、遺伝している可能性が示唆され、検査の結果露呈したという話なのだが。
しかし、上樵木結愛の特異性はそんな恐ろしく絶対数の少ないC.H.K.だったというだけでは済まなかった。
彼女はC.H.K.第一号なのだ。
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