第29話 何も悪くない
図らずもその目論見は同じ女子中学生――他七日リスカに潰されてしまったのだが。
しかし僕はこうも思う――それは本当に図らずもだったのだろうか? と。
「彼女」の計画では「人為掛け軸落書き事件」、「今川焼き殺人事件」に引き続き第三の事件まで予定されていた。
その第三の事件に置いて掛け軸、住職に続く標的になるはずだったのは哀れな男性教師らしい。
「彼女」の筋書きはこうである。
自分の血を分けた子供に気付く素振りすら見せなかった父親と、かつてそんな父親に生母と共に捨てられた娘。
その二人の間にどれほどの確執があるのか想像に難くない。
だからその娘は父親が命よりも――自分の娘よりも大切にしている掛け軸を破壊することで復讐を果たそうとしていたのだ。
しかし、彼女には常日頃から学校で親密にしている男性教師が居た。
その確執と口に出すのも憚れる過去を知ったたまたまその場に居合わせたその正義感の強い男性教師は自らの大切な生徒の為に凶行に及んでしまったのだ!
冷たくなった父親を見て「こんなこと私は頼んでない!」と泣きじゃくる娘――それを見て責任感も強い彼は自分の命で罪を償い、またそれを事件の幕引きとしたのだった。
と、そういうシナリオだったらしい。
その男性教師の正義感の強さと責任感の強さは僕も見習いたいところではある。(自死をもって罪を償うという発想はよく分からないが)
しかし、予定外の乱入者、それに伴うアリバイトリックの瓦解、予定より早く始まってしまった第二の事件、ただの頼りない女子中学生フェチだと思っていた新任教師が「場慣れ」していた――「彼女」のシナリオは何一つ予定通り進まなかった。
そんなハプニングにも卒なく対応してみせた「彼女」には僕も舌を巻く。
僕が犯人を見つける前に、例のご当地ボールペンが新任教師を刺し貫くまでは本当に後一歩だったのだ。
だから――もし落書き事件を解決出来なければ、もし予定通りアリバイトリックが成立していれば、もし第二の事件が予定通り起きていたら、もしリスカの為に多少性急(或いは強引)に僕が推理を進めなければ、もしリスカがあの五分をくれなければ――もしリスカが来ていなければ。
果たして僕は彼女に追いつくことが出来たのだろうか?
「人為掛け軸」だなんて彼女は最初から全てをわかっていたんじゃないだろうか?
六分魅方位が彼女の目論見通り初めから警察を呼ばなかったのはリスカが意図して必要以上に介入する事で彼が通報することを防いでいたのではないだろうか?
僕に語っていた「早く解決するか、引き伸ばすか迷っていた」なんて言葉はこれを指していたんじゃないだろうか?
そもそも自分の死神性を誰よりも信仰している不登校児は本当にふと「そうだ京都に行こう」と思い立っただけで修学旅行への参加を決心したのだろうか?
リスカが歩けば人が死ぬ――なんて事を信じているのは誰よりもリスカ本人だと言うのに。
それでも、彼女はそうやって事件の渦中で死ぬはずだった僕を守ろうとしてたんじゃないのか?
――なんて。
まあ、それは考えすぎか。
女子中学生がもしかすると自分の為に……!? なんて、こんなことばかり考えているから女子中学生フリークだとかいう謂れのない中傷を僕は受けるのだ。
第一、そんな先々まで見越しているのなら僕より先に六分魅方位を助ければ良かったのだから。
いや、掛け軸の落書きすら防げたかもしれない。
そんな、たらればを言い出したらキリが無い、やはりこれは僕の考え過ぎだろう。
まあ、仮に僕の推論が正しかったとして、他七日リスカが僕のために掛け軸と六分魅方位を見捨てたのだとしても、僕は何も思わないのだが。
逆なら少し凹むけど。
だってそうだろう? 得てしてそんな風に――今回で言えば「そこまで予見していてなぜ住職を助けなかったのだ!」なんて風に彼女を詰る輩が現れるのはことはよくあることなのだが、僕に言わせて貰えばやはりそれはお門違い以外の何物でもない
六分魅方位を殺したのはやっぱりリスカでは無いし、未来の犯行を事前に裁くことが出来る人物なんてこの世には存在しないんだから。
やはり誰が悪かったのかと言えば、悪いのは殺した上樵木だし、元を正せば彼女をそんな凶行に及ばせる理由を作った六分魅方位自身なのだろうから。
他七日リスカは何も悪くない。
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