第28話 女子中学生の発想

 だから、「掛け軸より価値の無いもの」の話ではなく「掛け軸」についてのその後を語るならば。


 あの掛け軸は偽物であった。


 最初から――六分魅方位があの掛け軸を茶室に飾った時から偽物だったというわけではない、どうやら事件が起きる直前に落書きをされた掛け軸は偽物と入れ替えられていたらしい。


 偽物の掛け軸より価値がないとは、六分魅方位とはつくづく不憫な御仁である。


 まあ「偽物であった」なんて言っても、それはちょうど僕とリスカのような関係ではあったのだが。


 後に見つかった本物と落書きされた偽物の見た目はまるっきり同じで、年代物なのも同じであれば、製作者に至るまで同じ――どちらかと言えば偽物というより、姉妹品とか双子作と呼べるようなものらしい。(だと言うのに金銭に換算すれば偽物は本物の数百分の一に過ぎないそうだ。その辺が芸術の妙って奴なのだろう)


 そして――彼女らは偽物だからこそ「落書き」が出来たのだと言っていた。


 事の発端は「彼女」があの掛け軸は偽物だと何かの拍子に聞き及んだと函谷鉾、直違橋の両名は言っていた。


 そして、その「彼女」が主導となり計画を立て、二人を巻き込んで偽の掛け軸に悪戯する運びになったのだ――というのが二人の証言だった。


 「彼女」が用意した消えたインクで実際に落書きしたのが函谷鉾、六分魅方位に落書きがないことを確認させ、直違橋が冷却スプレーでインクを浮き上がらせた――と、それが大まかな流れらしい。


 歴史的文化遺産に悪戯するという行為は女子中学生には――いや誰にだって些かハードルが高過ぎるものだ、そんな事をする輩は世間知らずの小さな子供か、怖いもの知らずの大きな子供だけだろう。


 しかし贋作に悪戯する、しかも大人を引っ掛けるような簡易トリックを使って――なんてのはつまらない日常の中でスリルを求めがちな中学生にはぴったりで、リスクも少なく、ゲームとしてはいい塩梅だったのかもしれない。


 そこら辺が中学生の可愛らしいところというか、なんというか――函谷鉾と直違橋は本気でバレずにお咎めなしで終わると思っていたし、最悪の場合でもネタバラシすれば警察沙汰にはならない、まあ住職と先生に怒られる程度だろうとタカをくくっていたらしい。


 女子中学生とは可愛いものである。


 だからなぜ落書きしたのかと言えば単に悪戯をしたかっただけ――とそれだけだったらしい。


 まあ、それは二人に限った時の動機で「彼女」の動機はほんの少しだけ違ったらしいが。


 掛け軸の入れ替えがバレた時「彼女」はこう言っていた、「自分の物なのだから落書きしようが勝手でしょ」と。


 函谷鉾と直違橋も掛け軸がレプリカのような偽物だということは聞き及んでいたが、彼女によって前もってすり替えられていた偽物だという事も、その姉妹作が「彼女」の――「彼女」の家の物だということまでは知らなかったらしい。


 だから、実行犯が函谷鉾と直違橋の二人であるということに疑いようはないが、しかし実務的な関与はしていないとは言えこれは全て「彼女」の計画で、「彼女」の犯行だったのだ。


 単に悪戯目的だなんて言っていた二人も、仮にもお嬢様学校のお嬢様にそんなことをさせるなんて「彼女」は修学旅行前から色々伏線を張って二人を上手く丸め込んだのだろう――今となってはあの奈良の高校生すら「彼女」の仕込みだとしても僕は驚かない。


 そして、なぜそうまでして――「彼女」がわざわざ偽物まで用意して、様々な工作を行い何故手の込んだ落書きをしたのか?


 そんな「彼女」の動機は二人とは逆だった。


 「彼女」は警察を呼びたかったのだ。


 「彼女」は二人とは逆に落書きをすればどうなるのか理解をした上で落書きをした――それだけではなく、その影響まで計画に織り込み済みで落書きと言う要素を自身の計画に組み込んだらしい。


 落書き自体にも何の意味がないわけでも無かったのだが、しかし、真に彼女が持ち込みたかったのは消えるインクではなく警察官だった。


 そして真に彼女が見せたかったのは、「落書き」ではなく、その「落書き事件」後に起きる「殺人事件」における「彼女のアリバイ」だったのだ。


 それはもちろん、「落書き」の次に起きる事件に向けてのものである。


 例えば、事件当時容疑者は落書き事件で警察官に取り調べを受けていたのだ! なんてことになればこれは疑う余地のない鉄壁のアリバイだろう。


 警察官と言う職種はアリバイトリックの証人としてはこれ以上ない配役なのだ。


 だから、その為には単に落書きするだけでは駄目だったのだ。


 単なる落書きなら事後処理に重きが置かれるだろうし、叱責を受けることで完全に身動きが取れなくなってしまう可能性は高い。


 かと言って自分に注意を割かれないような完全犯罪を起こしてしまえば警察を呼んだところで明確なアリバイにはならず本末転倒である。


 だから、手の込んだ方法で有りつつも――「落書きは消えるインクでなされていたのだ!」ということさえ分かれば一見難解なようで雪崩式に誰でも分かる――彼女が求めたのはそんな絶妙なバランスだった。


 それが女子中学生の発想だと聞いて僕は背筋が凍った。

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