第27話 人の為
◇
こんな風に華々しく謎解きを終えたリスカだったが、しかし「解決した」と言うならば僕はその後の話にも少し触れて置かなければならないだろう。
今にして思えば「人為掛け軸落書き事件』は後の事件の前座――というよりただの前日譚に過ぎなかった。
本命の事件が始まる前に名探偵が軽く解いてしまうような事件だ。
そこから事態が派生していく導入部のような物だとか言ってもいいかもしれない。
この掛け軸を巡るいっけんは、二時間サスペンスで話の内容ではなくテレビ欄に書かれている名前の順番から犯人を予想するような視聴者的な視点から言えば、「人為掛け軸落書き事件」とは後々の大事件のキーアイテムとなる代物を紹介し、また登場人物達がどんな輩なのかと言うのを説明する――そんな布石めいた一件であった。
そして今回の一連の事件においてはその掛け軸がキーアイテムとなった訳だ。
しかし、これは他七日リスカがいかに愛らしいかということを表す話であって、来戸ハルトなどというどこの馬の骨とも知らぬ輩についての話ではないのだから。
彼女が作り笑いを浮かべながらも「じゃあお兄ちゃんいつもみたいに後はよろしくです」なんて、警察が来る前に足早に帰ってしまった事件について滔々と語るのも野暮というものだろう。
その事件――リスカ風に言うならば「今川焼き殺人事件」ってところか――について語るのはあまり気がすすまない。
華麗な謎解きのすぐ後に起こった事件を尻目に、早々に現場を後にした重要参考人を警察が追い掛けることは目に見えていた。
そうなってしまえば常日頃から人間断ちしているリスカがわざわざ立ち去った意味が無くなってしまう。
僕としてはなぜ彼女が立ち去ったのか、
しかし、愛すべき「名探偵」に不必要なまでに敵意が向けられるのは、やはり僕の望むところではなかった。
だからこそ、僕は追っ手がリスカに追いつく前に半ば無理矢理に事態を閉塞させたのだった。
その時、聴衆に見せつけた僕自身の推理力――儲かって欲しくない僕の副業、「探偵」の名に恥じぬ事件の即時解決の手法は手前味噌ながら誇れるものだとは思う 。
リスカが居なくとも、一人きりで事件は見事解決に至ったし、結果的に言えばいささか乱暴な手法を取ったとはいえ当初の目的――リスカにこれ以上誰も関わらせなという目的は達したのだから。
しかし、こんな偉そうにひけらかした僕の「殺人」に一点特化した謎解きスキルはリスカと共に偶然彼女の前で起きる数多の事件を見てきたことの副産物に過ぎないのだ。
常にリスカと共に歩んできた僕は「殺人」ならば百戦錬磨だが、「人為掛け軸落書き事件」の顛末からも分かるようにそれ以外はからっきしである。
だから、こんなものを謎解きなんて言うのも推理力だなんて称するのも憚れる。
僕なんて所詮は彼女との過去の事例を踏襲し時には応用しているだけに過ぎないのだから。
今回の話で言えばかつて僕らが巻き込まれた「化野高校十三不思議」で使われたトリックと似たものがここでは使われていたというだけの話で、その時それを解いたのはやっぱりリスカだったし、一緒に彼女の解説を聞いたあの事件の生存者がここに居ればあっさりと僕のように事件を解決に導いたことだろう。
月華中学では数学を教えている僕である、数学教師というものは数学者より数学というものを生徒――聴衆へ教えるのが幾分か上手いのだろうから、そんな探偵業もひょっとすると僕には天職と呼んでいい部類なのかもしれない。
かと言って数学教師の業績なんてものは自ら新たな数式を発見した数学者の努力なんかと比べられるようなものではないだろう。
並べるのすらおこがましい。
僕なんてものは所詮、本物であるリスカと一つセットのような偽物の探偵でしか無いのだから。
偽――つまりは「人の為の探偵」だなんて言えば少し格好がつくのかもしないが、当時の僕にそんな高尚な考えがあったわけでもない。
後の事件についてあまり語りたくない理由の大部分はそんな個人的な理由にある。
テンプレートな日本人的な他人の手柄を自分のことのように話すのはあまり好きではない――と、恥を忍んで言えばただそれだけの話だ。
「他七日リスカに関わったら最後、必ず死ぬ」――そんな言葉を身をもって知った六分魅方位には少し悪いという気持ちくらいはあるけれど。
ま、六分魅方位の言葉を借りるなら「あの掛け軸は女子中学生より価値がある」らしいし、初老の男性が女子中学生より価値があるとも思えないのだからこれでいいのだろう。
故人の意思だとか、そういうものは尊重するべきだ。
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