第30話 付記
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付記
どこでもドアとは言わずと知れた国民的英雄の扱う装備――ひみつ道具と呼ばれるツールの一つで、その中でも指折りの知名度を誇る逸品である。
その利便性について今更論じることはないが、しかし暫し目を背けがちな事実として利便性が高いということは危険性も高いということである。
車は人を殺すには十分過ぎる玩具だし、飛行機を悪用すればどうなるかはもう十二分に知られている。
それに代わる手段になるどこでもドアにしたって、そこまで直接的なものでは無いにせよ必ずしもいいことづくめということでは無いだろう。
例えば、殺人事件一つとってもどこでもドアさえあれば全てのトリックは瓦解し、密室は解放され、アリバイは脆くも崩れ去り、不可能は可能に変わる――そんなことは誰でも容易く予想ができることだ。
例の落書き事件にしたってそうだ、どこでもドアさえあれば世界中の全員が容疑者となるのだから。
消えた凶器どころか消えた犯人を追うす術は誰にもない。
そうなって仕舞えば、例えどんな「名探偵」をもってしても全ての事件が迷宮入りする事が間違いないだろう。
けれど、それがどうしたというのだ。
今語ってきたように他七日リスカは「人為掛け軸落書き事件」にも「日本刀誘拐事件」にも「紡錘体殺人事件」にも関わっていたが、しかし実は彼女がこんな風に事件の渦中に身を投じるというのは最近では本当に珍しいことなのだ。
妄信的なまでに自らの死神性に信を置いている他七日リスカだが、だからこそ彼女は誰も人々を死神に立ち会わせないように日々努力しているのだから。
彼女が不登校なのも、いつも仰々しい自室に閉じこもっているのも、関わる気をなくすような立ち振る舞いも、全て誰も他人を自分に関わらせない為なのだから。
「他七日リスカに関わったら最後、必ず死ぬ」――そんな都市伝説に対してリスカはそもそも「関わらせない」ことを最善策としているのだ。
自分と関わった人間が死ぬならば関わった人間が居なければいい、と、そんな単純な備防策という訳である。
しかし僕はそれが心苦しい。
何の謂れもないオカルトを信じ切って、閉ざされた箱に自ら進んで閉じ込められてしまう幼気な少女など僕は見たくはない。
だから僕はどこでもドアを開発するのだ。
そんな風に閉じこもってしまった彼女の側に行く為に――そして、無理やり外に連れ出す為に。
そういう意味ではどこでもドアなんて物も結局のところ所詮手段の一つでしかしかない。
彼女が自ら外に出て、笑顔で居られるというのなら僕はどこでもドアも作ろう、探偵役もしよう、身代わりに誘拐されよう、危険と知って死地にも飛び込もう、なんでもしよう。
「発明家」も「数学教師」も「自宅警備員」も――「偽探偵」も「代替探偵」も「欺瞞探偵」もあれもこれも全てリスカの為なのだから。
僕が生きたいのは「どこでも」なんかではなく、他七日リスカのすぐ側、ただ一つ所なのだから。
その為には僕はなんだってするし、なんにだってなれるのだ。
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