第16話 お前、なんてことしやがる!

 その言葉にハッと振り返って見れば、僕が自己を正当化する為に理屈を捏ねている間に、もう既に一番疑われている直違橋の体を余すことなくまさぐったリスカが今度は函谷鉾にその食指を伸ばしている場面だった。


 現実とはつくづく待ってくれないものである。


 「ちょ、ちょっと他七日ちゃん! くすぐったいよ!」とかやっている二人は大層趣のある絵面ではあるのだが――


「お、おい、リスカ。お、お前何をやってるんだよ?」


「何ってボディチェックですよ、そういう流れだったでしょうに――特に変なものないなあ、うーん、こっちかなあ」


「ひうっ! ど、どこ触ってるんですか!」


 リスカは僕の方をちらりとも見ることなく、函谷鉾の太ももを二の腕を腹部をお尻をうなじを脇をおっぱいを抜け目なく、揉みしだいたいく。


 それは本来僕の職分であった筈なのに、そういう後ろ盾を理由に彼女らのおっぱいを触るのは僕の役目だった筈なのに、だ。


「お、お前嘘だろ! ふざけんなよ! そんなことしていいと思ってるのかよ!」


「嘘だろもふざけんなよもそんなことしてもいいと思ってるのかよも全部お前だ」


「じゃあ、彼女達の体を弄る為に振り上げたこの手はどこに振り下ろせばいいんだよ!」


「自分の胸にでも当ててれば――と、遊ちゃんもシロっぽいですね」


 函谷鉾の身体中を舐め回すようにねっとりと弄んだリスカだったが、ようやく満足したのかパッと手を離してそう言った。


 既にボディチェックを終えている直違橋同様(まあ当然というかなんというか)函谷鉾からも特に怪しいものは出てこなかったらしい。


 僕だって(もう手遅れな気はするが)世間体という物がある。


 流石に「二人の時は出遅れてしまったが上樵木は三人の中でも一番僕に懐いてくれてるんだ! だから彼女の体は僕に弄らせろ! これだけは絶対譲れないぜ!」とは言えず、


「じゃ、次は結愛ちゃんですね」


 なんて言いながら、三人娘最後の一人、上樵木に向き直ってリスカは楽しげに手をわきわきとさせているのを黙って見ている事しかできなかった。


 現実とは本当に厳しいものだ。


 ――しかし、それには待ったが入った、


「あ、あのう……先生、これ」


「ん?」


 待ったをかけたのは僕ではなく他でもない上樵木自身によってである。


 リスカに自分の体を触れさせるより前に、彼女は申し訳なさそうにおずおずと、僕(とリスカ)になにかを差し出してきたのだ。


 それが、なんなのかと見てみれば――


「ん――おい、これボールペンじゃないか」


 彼女が僕に見せてきたのは個包装のビニール袋に入ったままの、まごう事なきボールペンだった。 


 上樵木が持っていたのは観光地でよく売っているご当地のコスプレをしたマスコットが付いている京都限定のボールペンである――しかも赤いインクの。


 なるほど、お土産とは盲点だった。


 確かに上樵木はお土産を買っていたと言っていたし、僕もさっき荷物を見せて貰った時お土産であろう袋は確認したが、それ以上中を見ることはしていなかった。


 そうか、ボールペンはお土産になりうるのか。


 可愛らしいキャラクターの付いたそのペンは女子中学生の選ぶ修学旅行のお土産にはこれ以上はないと言って良いくらいの選択なのだろうが――この場においてはよりにもよってという感じだった。


「ほら見ろ! やっぱりそうじゃないか! そいつが――いや、そのペンをあいつに渡して落書きさせて回収したんだろ!」


 六分魅住職がそいつ――上樵木とあいつ――直違橋を交互に見比べながら勝ち誇ったようにそう言った。


 上樵木はボールペンを差し出せばこうなることが分かっていたのだろう、その言葉を聞いてほんの少し顔をしかめた。


 普段の彼女のポーカーフェイスぶり――と言うより女子コミュニティに卒なく所属できる程度には演技力がある彼女がそんなほんの少しとは言えこんな風に露骨に嫌な顔をしていると言うことは、心の内はもっと荒れているのかもしれない。


 犯人がこのボールペンを使って落書きをした――このボールペンが凶器だというのなら六分魅住職の言ったことは正しいだろう。

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