第15話 現実とはいつも厳しいもの

 掛け軸に残された少し薄い赤いインクと毛筆特有の筆跡を見る限りはそうとしか思えないが――


「…………」


 僕はさっきのリスカではないが、まじまじと掛け軸の落書きを見る。


 ――なんだって犯人はこんな得物で落書きなんてしたのだろうか?


 単に、落書きをするのが目的なら(その時点で破綻しているような気もするが)その辺のボールペン――どころかそれこそ口紅でも事足りるだろうに。


「うん、やっぱり誰もペンは持ってませんね」


 僕がそんなことを考えているうちに、所持品チェックが終わったのかリスカが辺りに知らしめるようにそう言った。


「まあ、予想はしてたけどな」


 これで彼女達の無実の証明に一歩近づいたと言うことだ、獲物が無ければ結局誰も落書きができないんだから。


「こればっかりは犯人は氷で出来たペンを使ったのだ、そして凶器を溶かして隠滅した――ってな訳にはいかないだろうしな」


「さあ、この世にはガラス万年筆というものがありますからね。氷の万年筆なんてのも乙でいいんじゃないですか」


 僕の何気ない呟きをリスカが目ざとく拾ってそう言った。


 誰が作れるんだよ、そんなもの。


 リスカの言うそれは実現できたとしたら、貴重な逸品で今の盤面がひっくり返るのだろうが現実味は薄すぎるしな――なんて言ってると、


「はん! ペンの一本や二本くらい幾らでも体に隠せるだろうが!」


 痺れを切らしたのかリスカの隣で所持品検査をしていた六分魅住職が一喝した。


「それはそうなんですが……」


 六分魅住職の言うことは尤もではある。


 リスカだってその可能性を考慮していない筈がないし、僕だってそうだ。


 事前にチェックしたなんて言ったところで僕も住職も先の事件を受けて「一応形式上は確認した」という体を取ったに過ぎず、必ず見つけ出してやると言う強い意志でペン探していたわけでは無いのだから。 


 筆箱しかチェックしていない以上、ポケットか何かに入れておけばそれだけで簡単に持ち込めてしまうだろう。


 そうなると直違橋――それから三人にボディチェックをするべきなのだろうが、しかし問題はそのボディチェックなのである。


 初めからそこにしか問題がなかったと言ってもいい。


 ボディチェックをするとして、彼女らの体を調べようにもここには女子中学生と僕と住職しか居ないのだ。


 彼女ら同士のチェックには需要はあってもやはりなんの意味もないだろうし、僕と住職のどちらかがするしかない――となれば適任なのは僕の方だろう。


 だとすれば――果たして僕のような成人男性が女子中学生の全身を余すことなく弄って許されるのだろうか?


 法とか世間とかに。


 彼女らと面識があるとは言え一応生徒と教師という隔たった関係でもあるのだから、六分魅住職は直違橋含め他二人も同罪くらいに思っていそうだけれど、僕のこととそんな僕に四六時中べったりだったリスカまでそうとは思っていないだろう。


 監督不行き届きという意味での不信感を僕に抱いていたとしてもだ。


 となると、やはり彼女らの体に直接触れて調べられるのは僕しか居ないと言うことになるのだが――やれやれ、気が進まないな。


 教え子を疑っているばかりか、こんな風にやりたくもない身体的接触をやらなきゃならないだなんて。


 いや何も彼女らの身体に触りたくないわけではない、彼女らの身体に興味がないわけでもない、そんな失礼なことは僕は言うまい、興味津々だ。


 ――ただ、その行為は「同意の元」だとは言え「彼女らが望んだこと」だとは言え、少なからず不快感というか、抵抗というものはあるのじゃないだろうか。


 彼女らの体に触れるのが嫌なのではない、彼女らにそんな思いを抱かせてしまう僕自身のことが僕は許せないのだ。


 けれど現実は待ってくれないものだ、僕がやらなければ誰がやる。


 否、女子中学生の体に触れるのは僕だけだ。


「……全く、現実というものはいつも厳しいな。悪いな直違橋、函谷鉾、上樵木、そこに並んでくれ、なに優しく――」


「じゃあ今度は遊ちゃん、ちょっと触りますねー」


 リスカは僕の言葉をぶった切ってそう言った。

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