第14話 消えた凶器

              ◇



 状況を整理し終わって推理を始めるにあたって、まず僕が気になったことは、


「直違橋に限らず、これが誰かの落書きだとしたら、この落書きをしたペン――殺人事件で言うところ凶器はどこに行ったんだ?」


 消えた凶器のことであった。


 消えた凶器――なんて言えばそれらしいが、そんな大仰な言い方をせず、もっと簡潔に言えば実は彼女らは誰もペンやマーカーの類を持っていなかったのだ。


 それはもちろん先月の事件を受けてのことである。


 あれは僕が高校二年生の年だった。


 とある受験生が大学入試で携帯電話を使い試験中、試験問題を塾の宿題と偽って情報共有サービスに投稿し回答を求めたのだ。


 そのカンニング事件(正確には未遂)が大いに世間を沸かせたのは言うまでもないことだが、しかしそれを受けて当たり前のようで受験生や教員くらいしか知らない、世間にはあまり浸透していない影響も一つあった。


 それは「前例があればルールが変わる」なんて話にも通じることでもあるのだが、その一件から携帯電話は「携帯できる電話」から「カンニングできる電話」になってしまったのだ。


 それまでそこまで注視されていなかった携帯電話だが、それ以降ありとあらゆる試験に置いて携帯電話の取り扱いは最重要事項となったのだ。


 特にその翌年大学入試だった僕の代やその下なんかは酷かった。


 今では、取り扱いに留意されるようになった――という程度だが、明るみになった直近の二、三年なんかはどこの入学試験においても携帯電話は必要以上に細心の注意を払われ、いつ爆発するか分からない時限爆弾かのように扱われたのだから。


 件の彼の目的が大学入学ではなく入学試験の改革だと言うとならば、彼はある程度の成果を残せたと言えるだろう。


 同様のことが今回にも言える。


 歴史ある建造物に落書きをするという先月のショッキングな事件を受けて、今回の月華中学校の修学旅行に置いてマジックやボールペンの類の所持が全面的に禁止になったのだ。 


 恐らく、それは今年に限れば月華中学だけではなくどこの修学旅行生もそうなのだろうが。


 僕だってその処置は行き過ぎてるとは思ったが、しかし所詮新任教師の僕が出来ることなんて長いものに巻かれるだけである。


 結局、僕も出発直前に生徒全員の筆箱の中身を確認して、単に抜き忘れただけの生徒や、シャーペン機能が付いてるボールペンならば許されると思っていた生徒達から何本かペンを没収した。


 その時上樵木は彼女らの担任の七条先生がチェックしたはずだが、函谷鉾と直違橋の筆箱の中身を確認したのは僕だった。


 そして、その意識は奈良の事件を知っている六分魅住職も同様で、一応函谷鉾が入る時も、直違橋が入る時も、彼女らの筆箱の中身は確認していたらしい。


 その時、僕も六分魅住職もペンの類を見つけられなかったことは言うまでもない。


「旅のしおり、空のお弁当箱、デジカメ、冷感スプレー、モバイルバッテリー、お財布、水筒、お菓子――後は筆箱くらいですけど当然ペンは無し、と」


「……お前、躊躇ないよな」


「女子が女子の持ち物漁っても何も問題――おやおや? 遊ちゃんこれは何、ってなんだ化粧ポーチかよ」


 一応、許可を得て今も彼女ら三人の持ち物を(リスカが)改めさせては貰ったものの上樵木含め、やっぱり誰も筆箱の中にペンの類は入れていなかったし、他に留意するべきような物も無かった。


 強いて言うならば今リスカが見つけた函谷鉾の化粧ポーチは本来校則違反ではあるのだが――函谷鉾の「あ、しまった」という可愛い顔が見れたので理解ある先生としてはこの場では見なかったことにしておこう。


 この落書きが口紅でされていて函谷鉾が化粧ポーチに口紅を入れていたというのならばそれだけで犯人は函谷鉾の線が濃くなるが、彼女はナチュラルメイク志向なのか(それなりに弁えているだけか)落書きに使われたような真っ赤な化粧品なんて持っていなかった。


 それに、使われたのは水性インクの筆ペンか何かだろう。

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