第13話 本当に嫌な奴だ

 こいつはこいつで、どこまで本気なんだろうか――と、僕が本気でリスカを訝しんでいると、かなり話が脱線して来てしまったからだろう。


「そんなものはどうでもいい! こいつじゃないなら一体誰が犯人だと言うんだ!」


 ここで、六分魅住職が再び吠えた。


「おいおい、お爺ちゃん。早とちりは困るなあ、ボクは話をしようぜとは言ったけど別に柚子ちゃんが犯人じゃないとは言ってませんよ?」


「っ! わ、私じゃないぞ!」


 よしておけばいいのに、すぐさま六分魅住職に対しておもちゃを見つけたように目を輝かせるリスカ。


 再び自らに飛び火してしまった直違橋は泣き出しそうになるが、それを見てリスカは更に笑みを深くする。


 ――こいつに主導権を渡すとやはり話が遅々として進まないな。


 時にはリスカも見事に進行を務めることもあるのだが、どちらかと言えば今のようにしっちゃかめっちゃかにかき混ぜるだけかき混ぜる時の方が多い。


 それは半分はわざとなのだろうが――しかし、名探偵は名司会とは限らないと言うことなのだ。


 やっぱり名探偵とはどちらかと言えば舞台上で映える演者側の住人なのだろうし。


「『自分じゃない』、ははっ、犯人はみんな――」


「よし、そこで止まれリスカ」


 僕は面白がって直違橋を餌食にしようとするリスカの口を後ろから両手で塞ぎ、彼女を物理的に黙らせた。


 そうして、直違橋に向き直り、今も何か――六分魅住職か、リスカか、もっと別の何かか――それに怯えている彼女にできるだけ優しい口調で質問をする。


「悪いな、直違橋。多分こいつには悪気がない――からタチが悪いんだけど、こいつだって本気でお前を疑っているわけじゃないさ。僕だってそうさ――だから続きを聞かせてくれないか?」


「つ、続き? です、か……?」


 「ああ」と、僕は短く頷いた。


 「第一発見者を疑え」なんてのは作者側に都合のいい、それ自体がもう一つのミスリードになっていると信じて疑わない僕だけれど、それでも第一発見者の証言と言うものは貴重である。


 それが女子中学生の証言だとすれば尚更だ。


「だから教えてくれないか? お前がどうやって落書きを発見したのか、ってとこをさ」


「は、はい――」


 そうやって、おずおずとした口調で語り出した直違橋の話は簡潔だった。


 ちょうどさっきの僕のように、入ったらすぐ落書きを見つけた、と。


 直違橋の話によれば、なんでも、お昼ご飯を食べ僕達と別れた後、折角の機会だからやっぱり、と彼女も茶室の見学をしようと思い立ったらしい。


 幸いにも、茶室から少し離れた石造りの机と自動販売機なんかが置いてある休憩スペースにいた六分魅住職をすぐ見つけることが出来、その旨を伝えると彼はそれを快く了承してくれた。


 その時はもう住職も流石に自分の話が女子中学生向けでないことは理解していたし、また先ほど函谷鉾も一人で見学したからということも影響し今回は割とあっさりと直違橋を一人で行かせたらしい。


 その後「女子ってそういうものだから」直違橋を一人で茶室に向かわせた、既に一度見学した函谷鉾とそんなものに興味がない上樵木の二人はその休憩スペースで直違橋を待っていてる間、六分魅住職とそこで軽く世間話していたらしい。


 世間話というには少し堅い内容だったが、市内散策に課せられた課題の空欄を埋める為に二人には丁度良かったそうだ。


 そうして時間を潰していた二人だったが、ふと気付けば直違橋が真っ直ぐこっちに走ってくるのが見えるではないか。


 不審に思い二人も彼女の方に駆け寄ると――


 「ら、落書きが!」――と。


 ……なるほど、ね。


「その後、四人全員、茶室に向かいその落書きを発見。六分魅住職の豹変に驚いた二人は柚子ちゃんを置き去りにしてお兄ちゃんとボクを呼びに行った――とここら辺はボクらも知っての通りですね」


「お前は呼ばれてなかったけど、まあそんな感じか」


「ほらみろ! そいつ以外に誰がいると言うんだ!」


 そんな住職の勝ち誇ったかのような言葉は、私情を抜きにして客観的に見れば正しい理論展開のようには思える。


 彼女ら以外の誰かが中に入り、ことに及んだあと誰にも見られずに脱出した――なんて可能性は無いでもないけれど、まず疑うのは入ったかもしれない誰かよりは確実に入った直違橋が先、というのが論理的な思考だろう。


 しかし第三者の介入が証明できれば、それは逆に直違橋――引いては三人にかけられたあらぬ疑いを晴らす余地があると言うことだった。


 よし、と意気込む僕だったが。


「それは証明できなきゃ、逆に三人の犯行で確定するってことですけどね」


「…………」


 本当に嫌な奴だ。

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