第17話 ならば誰がどうやって落書きをしたと言うのか

 上樵木は三人の中で一人だけ茶室の中に入っていないから彼女自身の犯行は不可能だ。


 しかし、一人離れた直違橋は急いで帰ってきた、と言っても落書きをする時間くらいはあっただろうし、二人は共犯で凶器の受け渡しをしたのだ、なんてのは可能性として否定はできないが――


「違うんじゃないですか?」「いやあ、違うんじゃないかと思いますよ?」


 勝ち誇る住職に向かって僕とリスカの声が重なった。


「何ィ!? どこが――」


「まず第一にこれどっからどう見てもこの落書きボールペンなんかでされたものじゃないじゃないですか」


「リスカの言うように、毛筆か何か使わなきゃこうはなりませよ。インクそのものはそこにあるんですからそのインクを取り出して筆を付けて――なんてことはひょっとすると出来るのかもしれませんが」


「見たところボールペンは未開封っぽいですし。まあ、バラして中見てもいいですけどインクが空になってるとは思いませんね」


「それにこれが本当に落書きに使った得物なら上樵木だって後生大事に握ってないでしょうし」


「結愛ちゃんにそれを捨てる機会がなかった、と言うなら結愛ちゃんに渡す機会もあったのかも疑問ですし」


「六分魅住職の話によれば『落書きが!』と言いにきた直違橋をそのまま先導させて茶室に行ったんでしょう?」


「方位さん、貴方自身が一番疑ってるのが遊ちゃんを詰問してたんですから、目を離したわけでもないんでしょうし」


「上樵木含む二人もその後すぐ僕を呼びに一度直違橋から離れているわけですしね」


「その後はボクらも大体見てますけど、そんな素ぶり見せれば気づくと思います」


「それに、やはりボールペンそのものはこの落書きには不適格でしょう?」


「必要なのがインクだけならそもそもこんな外側なんて必要ないんですから」


「それが偽装工作だとしても、そもそも上樵木にはここでボールペンを買う必要すらありませんしね」


「だってお兄ちゃん達はペンの持ち込みはチェックしても誰もインクを持ち込んでるかなんてチェックはしてませんから」


「ボールペンからインクを取り出すことは可能かもしれない、とは言いましたけどそのインクはやっぱりどこにもありませんでしたし」


「そんなことこの場でするくらいなら最初から何かに偽装して持ち込んだ方が証拠もなくて、幾らか楽でしょうね」


「ましてや、落書きすること自体が目的ならば結局獲物なんてのはなんでもいいんですから、インクに拘る理由もありませんが」


「極論、自分の指を切って血文字でいいわけですし」


「だから、そのボールペンにはお土産以上の意味は無いんじゃ無いですか?」


「掛け軸を殺したとされる凶器にはね」


「…………」


 僕とリスカによる波状攻撃ならぬ波状口撃に六分魅住職は狼狽し、押し黙ってしまった。


 しまった……。


 今の僕の意見は女子中学生の味方と言う立ち位置から離れた、割と客観な視点からの意見だったのだが、意図せずして僕とリスカの二人で順番に畳み掛けるような形になってしまった。


 「いやあ、すいませんね方位さん。なんかイジメみたいになって」なんて言うリスカは流石女子中学生である。


 僕が言いたくとも言えないことをサラリと言ってのける胆力は賞賛するが、小心者の僕はついうっかり調子に乗ってやってしまったことに後悔するばかりだ。


 女子中学生ならば許されても、青年男性には許されない愚行だった。


 そんな青二才達に何かを言い返すことも出来無かったからだろう、六分魅住職は顔を真っ赤にしつつも沈黙を貫くばかりだ。


 そんな彼を見て僕は輪をかけて居心地の悪さを感じずにはいられなかったが、当のリスカはさして気に留めた様子もなく、速やかに上樵木のボディチェックを行っていた。


 他の二人同様入念に彼女の体を調べていたリスカだったが、


「うーん、結愛ちゃんも別にこれと言ったものは持ってませんね」


「あ、当たり前でしょ!」


 彼女自ら差し出してきたボールペン以外にはさしたる成果は無かったようだ。


 一応、上樵木の許可も得てボールペンを開封し、解体して、中身を確認してはみたが予想通りインクの中身が全て空けられているということも無かった。


 やはりこのボールペンは関係ないのだろう。


 つまり三人の誰からも、リスカの言葉を借りるならば「掛け軸を殺した凶器」は見つからなかったのだ。


 ならば誰がどうやって落書きをしたというのか。

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