第7話 探偵さ

「もう埒が開かん! 警察だ! 今すぐ警察を――」


「えっ!?」「そんなっ!?」


 怒りに燃える住職が使った「警察」という名の最終手段に函谷鉾と直違橋の気弱な二人が小さく悲鳴を上げる――その瞬間。

  

「あのー」


「――っ!」


 ――そんな爆心地のような勢いの六分魅住職の前に全く怯むことなくリスカは再び割って入った。


 そこら辺の肝の太さはそこらの中学生と踏んだ場数の数が違うということなのだろう。


 住職に怯えるばかりの三人や、どうした物だとお手上げだった僕とは違い、彼女は臆することなく散歩するような心持ちで、的確に割り込んできたのだ。


「だからお前はなんなんだ、小娘!」


「いやあ、なんなんだはこっちの台詞ですよ。結構衝撃的に現れたのに速攻蚊帳の外って」


 すぐさま住職は怒鳴りつけるが「別に目立ちたがり屋って訳でも無いんですけど」なんて言いながら、住職の怒気の一点集中攻撃すらも柳のように受け流す。


 それを見て六分魅住職は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうなら表情を浮かべた――ヘラヘラとした態度を崩さない彼女に住職も怒りよりも不快感の方が高まったのだろう。


 そんなもの、当のリスカにはどこ吹く風なのだが。


「方位さん、貴方はどうして柚子ちゃんを疑う――というか糾弾してるんです?」


 と、リスカは大して気にした様子もなく六分魅住職に尋ねた。


「どうしても何も、そいつ以外居らんだろうが!」


「だからなんでそいつ以外居らんの? って話ですよ。貴方が柚子ちゃんが書いてるところを見たとか、柚子ちゃんがマジック持ってたとか、柚子ちゃんがあの掛け軸に並々ならない恨みを持っていることを知ってるとか、なんとなく柚子ちゃんが気に入らないとか、どうしたって理由はあるでしょうよ」


「だから! …………だから、儂がさっき入った時は掛け軸は落書きなんてされていなかった。その後茶室に入ったのはそいつだけだ。ならば落書きしたのはそいつ以外居らんだろうが」


 六分魅住職はかなり気分を害しているようだったが、相手は誰かに口喧嘩で負けるような奴では無い。


 口早にまくしたてられ、反論の機会すらも与えられず、ついに牙が折れてしまったのか――遅まきながらまともに相手するだけ無駄な人種だと気づいたのか。


 多少平静を取り戻したのか、ぶっきらぼうに六分魅住職はそう言った。


 対するリスカは「ははーなるほど、そいつは柚子ちゃんしか居ないかもしれませんね」と、大して染み入って無いようだった。


「お兄ちゃん――もとい、うちの副担任が話しようぜって、って言ってることはそういうことですよ。知ってる情報を共有してからでも、警察を呼ぶのは遅くないんじゃあないですかね」


「……さっきからお前はなんなのだ!」


 六分魅住職も人をおちょくるようなリスカの態度にもはや怒りより諦めの感情の方が強くなったのだろう。


 声を荒げるというよりは、うんざりしたような口調でリスカに向かって言った。


 幾ら小生意気だとは言え、僕は女子中学生にイライラするような歳の取り方はしたく無いけれど、彼は今日大分心の平静を乱されてしまっていることを考えれば、ある程度は仕方ないのかもしれない……とか思っていたのだが。


 ――そんな人を食ったような女子中学生は、


「ふふっ、何って。ボクは他七日リスカ、探偵さ」


 「何度言っても飽きませんよねこれ」なんて巫山戯ながらそう返した。


 ……そうは言っても、こいつに対してはやっぱり僕でも多少苛つくかもしれないな。

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