第6話 やあ、方位さん

              ◇



「やあ、方位さん。ボクは他七日リスカです! ボクの親族でも『他七日たなのか』と名乗ってたり『他七日たなか』と名乗ってたりで、苗字ではなく出来ればリスカって呼んでくさいね!」


「さっきからお前は一体なんなんだ!」


「だからさっきから自己紹介してるじゃないですか、他七日リスカですって」


「そういうことではない!」


 六分魅住職の怒りの矛先を見事、直違橋から自分に変えて見せたリスカは彼を右に左に翻弄していた。


 六分魅住職も最初こそ突然の介入とリスカの異様さに水を差されて萎縮していたが徐々に怒りのボルテージを上げていき今はご覧の有様だ。


 幸いにもリスカが実力行使に打って出たことには気づいていないらしいが、先程からずっとヘラヘラしているリスカの様子が気に入らないのだろう。


 他七日リスカとは人の不興を買うことに関しては一流の人間だし、自ら怒らせた人間を手玉に取ることも彼女の十八番だ。


 時には六分魅住職の怒りに火を注ぎ、時には宥め、時には一転攻勢をかけ怯ませる――と、とても中学生とは思えないような掌握術は見事なものだった。


 しかし、先程までよりは幾分かマシだとは言え、いつまでもこの調子では埒が開かない。


「オーケー、リスカそこでストップだ」


 と、今度は僕が彼女と体を入れ替えるように住職の間に入り、六分魅住職に助け舟を出した。


 そして「もう、ここからが良いところなのに」なんて残念そうに言う奴を尻目に、


「それで六分魅住職、改めてもう一度聞きますが一体何があったんです?」


 と、尋ねた。


「……何があっただと? 白々しい、何があったかなんて見ればわかるだろうに」


 リスカから引き離され、頭の先まで上っていた血が多少降りたのか、住職は鼻息荒くも、少しは落ち着いた様子で(と言っても幾分かは目減りしているというだけで相変わらず猛ってはいるが)そう毒付く。


 何があったか――掛け軸に落書きをされたのだということくらいは僕にだって分かっている。


「けれど、すいませんが僕は押っ取り刀で駆けつけて来たばかりでいまいち要領を得ていないんですが――つまり、うちの生徒がこれをやったと言うことなんですか?」


「はっ、『うちの生徒がやった言うのことですか』だと? 貴様、よくもまあ、そんなことが言えるな。だからそんなものは見れば――」


「柚子は落書きなんかやってない!」


「そ、そうですよ……!」


 僕の問いかけに苛立ちを隠しきれない六分魅住職の言葉を遮ったのは上樵木だった。


 それに倣うように函谷鉾も弱々しいながらも同調する。


 住職のその安穏ならない物言いに上樵木は反発したのだろう、華奢な彼女のどこからそんな声が出るのかと思わせるほど大きな声を振り絞りながらの反抗だった。


 しかも勇敢にも、僕の後ろで住職に疑われている直違橋を庇うようにである。


 なるほどその行為自体は正義感の強い彼女らしい――けれど、それは住職の怒りに火に油を注ぐ行為でしかなかった。


「何ィッ!? じゃあ他に誰が居るんだと言うんだ!?」


「そ、それは……その……」


「やはり、貴様がやったんだろ! 正直に言え!」


 それは、下火になりつつあった炎の中に液体燃料を注ぎ込むような暴挙だった。


 爆風消化されることもなく、再び血が頭に登り始めた六分魅住職は押し黙る上樵木を意に介さず、僕の背後で怯える直違橋にそう言って詰め寄った。


「ちょっと落ち着いてください! だから話も何も聞かずに頭ごなしに――」


「話も何もあるか! こいつが落書きした! 儂が発見した! それだけの話だろうが!」


「だ、だから柚子じゃありませんって!」


 必死に直違橋を守る僕、そんな僕ごと直違橋を押し潰さんばかりの住職、半分泣くように声を張り上げる上樵木――もう他の二人は怒声に呑まれ何も言えないようだった。

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