第7話 なんだって――ではない
なんだって――ではない。そんな風にわざとらしく驚く他七日リスカの顔面をしこたま殴りつけたい気持ちを俺はなんとか押さえつけた。俺とてこう見えてもジャーナリストの端くれである。「旧モール跡地連続殺人事件」についてなにかを追っていたわけでも無かったのだから当事者である他七日リスカ以上に何かを知っているとは口が裂けても言わないが――しかしそれでも当時世間を大いに騒がせた事件のあらましくらいは知っている。
他七日リスカが言うところの「春夏秋冬殺人事件」は確かに二年前に起こっていた。そしてその時死んだのは――
「不知川モールに死体は四体あったはずだ――日取其月とそれからお前が犯罪者予備軍と呼んだ小説家の三人のを合わせて四つ」
それは言わずもがな天童太陽、仁愛恋子、日取甘太の三人である。
何せ「旧モール跡地殺人事件」は当時大いに世間を賑わせてた事件なのだ。今はもうすっかり下火になっているとは言え、たかが殺人事件がセンセーショナルな話題になったのは同時期に大きな話題がなかったというのも要因の一つとして挙げられるが、四人――それも新進気鋭の作家が三人死んでいたことが何よりも大きな要因だった。特に、作品の映画化の真っ只中の仁愛恋子(こと仇愛憎子)が死んでいた事は大問題になった。だからこそ「旧モール跡地殺人事件」は二週間程度は連日連夜ワイドショーを沸かすことになったのだ。
俺の記憶が正しければそのニュースで一十一人の『一』の字は一つも出てこなかったが、しかし四体の死体のうちの一体、日取其月について他七日リスカがそうだというのならば、その言葉は一応信じよう。
しかしながら――
「それじゃ残り三体――三人、お前の話に出てきた仇愛憎子、天道太陽、日取甘太……お前はそいつらをどうしたんだ?」
俺の核心をつくはずの質問に、「三人……ああそう言えばその事ですか」と他七日リスカは事も無げに言った。
ひょっとすると、それは彼女にとって本当に事もない話だったというだけかもしれないが。名探偵の前死体が四体あって、一人で帰ってきたなら犯人は決まっている――それが探偵の肩書きを捨てた犯罪者ならば尚のことだというのに――それがお前じゃないのか?
俺はそんな意味を言外に押し込めたのだがさらりと受け流されてしまったのだ。そんな俺の疑念を知ってか知らずか他七日リスカは演技がかった調子で言葉を続ける。
「えと……そう! その三人と言えば偶然! 本当に偶然! 三人が三人とも同時多発的に殺人衝動――つまりC.H.K.の殺人発作が発症してしまったんですよ! 犯罪者の目の前に死体が転がってるのは被害者が同士討ちしたからですね」
「へえ、偶然、殺人衝動……ね。それで?」
「それで――えーと、そうそう。結果悲しいことに憎子さんが大きな額縁で太陽の頭をかち割り、太陽が紳士用の傘を甘太君の眼の中に突っ込み、甘太君は延長コードで憎子さんを締め殺した――なんかそんな感じだったと思います。多分、きっと」
軽くウインクして星を飛ばしながら他七日リスカはそう言った。
「俺の記憶じゃ、それじゃあ三人の死体に残された損傷と一致しないんだが」
「じゃあ僕の記憶違いですね、何より古い話ですからそう言うこともありますよ。この二年の間で僕の目の前でその三人――いや四人か。その四人を除き二十四人も死んでるんですから、死因なんざ一々覚えてられませんよ」
「…………」
それはなるほど「偶々同時にと同士討ち」というとこさえ除けば、他七日リスカの話からすればそうおかしくはないのかもしれない。それがどう頑張っても排除できない違和感だとは言え。
他七日リスカは、
「何故したかならともかく、実際にしたのにしたかどうか論じるのは無意味でしょうに。僕を四分の一……いや三分の一でも殺してれば違ったのかもしれませんが。元はと言えば、彼らは僕を殺して殺人衝動を解消する為に集まったわけですからそう変な話でもないでしょう、結局あいつらは誰も殺せてないわけですしね。同時多発的に狙い澄ましたかのように発症したというところには何者かの作為を感じますが――けれど偶然ってそういうもんらしいですし」
なんて「あーあ、こうやって疑わしくないのに人は陥れられるんだろうな。これで僕の冤罪殺人がまた一つ増えたってわけだ」と、聞いてもいないのに勝手にそう自己弁護すると悪びれもせずに言い捨てた。
今回に限らず、そこで少しはしおらしい態度でも取れば他七日リスカに付いて回るイメージは幾分か変わるだろうに。……とは言え、今の俺は印象だけで話をしているわけでは無い――俺は今事実だけを語っているのだ。
それならばそれで別にいい、他七日リスカがそれが真実だというならそれが真実でもいい――だとしてもだ。
「じゃあ二つ目だ、先天的強迫性殺人衝動、C.H.Kだったか?」
「あ、やっぱり平次形さんも略称はNの方がいいと思いますか。えへっ、やっぱ僕達フィーリングバッチリですね」
なんてはにかむ他七日リスカ。
こいつのこんな人の心をざわつかせる無駄な演技がかった動きも、色々あったこいつが身に付けた処世術という奴なんだろうか、と思うと苛立ちが湧かないくらいには不憫でならないが。
そんな哀れな少女に俺は尋ねた。
「放送局だろうが何でもいいが、発作的に人を殺したくなるという、もう世間一般的に認知されているという奇病だっけ?」
「自分探し衝動の自分と探しを人と殺しに入れ替えた感じ、といえばそれほど特別視されるべきではないのかもしれませんけれど」
「――俺はそんなものの存在を人生で一度たりとも聞いたことないんだが」
俺と他七日リスカの間に沈黙が広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます