第6話 「……ふー」

              ◇


「……ふー」


 俺は一度肺の奥まで満たした煙草の煙を吐き出しながら、一息ついた。


 他七日リスカは俺が燻らせる煙草の煙を見て嫌そうな顔を浮かべるのを隠そうともしない。全くもっていい気味だ。


 喫茶店の「喫」は喫煙の「喫」だと信じて疑わないのがこの俺だ。こいつがカフェを指定したのならばなるほど幾分かは我慢しよう、しかし「喫茶店で待ち合わせ」という言質はとっている。ならば他七日リスカが紅茶とワッフルを楽しんでいるように、俺がコーヒーと煙草を楽しんだとして何も悪くないはずだ。元より喫煙席で煙草を吸って誰かに文句を言われる筋合いもあるまいし。


 ……なんて風に、嫌煙家の嫌がる顔を観察するなんて愛煙家ならば皆共通して持っているであろう趣味に興じながら俺は他七日リスカの話を思い返していた。


 他七日リスカの言うところの「春夏秋冬殺人事件」については一見筋が通っているのだろう。それも、百戦錬磨――詐欺師のように今迄数多くの人間を煙に巻いてきた彼女の話術にかかればそれが真実のように思えてしまっている。今更その真実のような何かに疑義を挟む余地は、ど素人の俺には見出せないし、元から彼女より真実に近い何かを提示出来るとも思わない――だが。


 二つ……いや三つか。三つばかり俺にも不審な点は見つけられた。それは他七日リスカの話を聞いてと言うより元から知っていた、という類のものではあるが――


「おい、他七日リスカ」


「貴方いつまで僕をフルネームで呼ぶんですか。『リスカちゃん』呼びは厳しいとしても『他七日』くらいにしてくれたらいいのに」


 他七日リスカは甘えた声でそう言うが、誰がそんな呼び方をするものか。


「成人してる奴にちゃん付けもないだろ――それよりも他七日リスカ、確かに今のお前の話はある程度の納得が出来た。けれど三つばかし俺には分からないこともあるんだが」


「三つ……ははーん、僕のバスト・ウエスト・ヒップの三つか。あなたも好きものですね、年頃男性なら仕方ありませんが……いいでしょう、いいでしょう。僕そういうのには理解がある方ですからね、それが平次形さんのお望みとあらば、上から92――」


「お前のスリーサイズなら78-55-77のCカップだろ、そんな事じゃねえよ」


「は? おいちょっと待て、お前何故それを知っている」


「そりゃあ、ジャーナリストだからな」


「ジャーナリストという職業を不当に貶めるな!」


「じゃあ単にジャーナリスト関係なく俺の特技なんだろ、俺は昔から見た奴のスリーサイズ――ってより身長やなんかの寸法が分かるんだ」


「お、お前、そんな三枚目キャラが持ってそうな愉快なスキル保持しててもいいのかよ! 『平次形銭』というキャラはそれで保たれるのか!?」


「いや、まあ……」


 いいのかよ、なんて言われても分かるものは分かるのだから仕方あるまいに。俺としては見てわかることが分からない奴の方が不思議なくらいなんだから。それはさておき。


 俺が分からないこと――その一つは死体の数だ。


「うん? 死体の数?」


 俺がそっくりそのまま尋ねると、他七日リスカは惚けたように言った――と言うより惚けているのだろう。他七日リスカの話では密室(いや密室じゃないのか?)の中で死体が一つ。だとすれば話の筋は通っているのかもしれないが――しかしそれでは――数が合わないのだ。


「数が合わない? えー? まさか僕の預かり知らないところで首切り死体が入れ替わったりしてたんです? うわぁ、気付かなくてよかったですよ、入れ替わりトリックなんか最前列で見てたら一日ブルーだった」


 なんて他七日リスカはふざけるがもちろん、俺が言いたいのは別段そういうことではない――それくらいは俺よりもこいつだって分かっているだろうに。俺やハルトみたいな紛い物と違ってこいつが分からないはずがないというのに。


「入れ替わってたかは知らねぇが、今の話で出て来たのは日取其月だけの話だろう?」


「そりゃ、まあ。これが一十一人先生の死体の話だとしたら驚きですよねー」


 そう言ってあはは、と笑う他七日リスカ。ブラックジョークにも限度があるだろうに――しかしそれはジョークでは済まない話だ。しかしそれは置いていたとしても辻褄が合わないだろう。


 何故ならば――


「其月に関しての話は一応は信じよう――けれど」


「けれど?」


「けれど――『モール跡地連続殺人事件』で見つかった死体の数は四つだった筈だろう?」


「な、なんだってー!?」

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