第5話 「春夏秋冬殺人事件」

 少年Aの告白よろしく多種多様な作品群を生み出していた、というのは非現実的な話ではあるが不可能では無いはずだ。


 いや、一十一人も他七日リスカの言うところのC.H.K.患者だったはずなのだから、それが発症して殺人者になってしまった――というそういうことなのか?


 俺は他七日リスカにそう尋ねたが、彼女は短く「いえ」と首を横に振った。


「その可能性は否定しませんし、実際そうなのかもしれませんが。しかし僕が想定したストーリーラインとは少し違いますね」


「じゃあ――」


「『密室トリックを作るより密室を作る方が簡単』ですよ、もっと言えば『密室より密室だったという事実を作る方が簡単』でしょうね。実際のところ僕が見たのは三階で確かに降りていたシャッターと、何故か不自然に降りたままだった二階のシャッターだけですから――二階のシャッターが降りていたらしい、という話は聞きましたが……果たして事件当時『二階のシャッターは降りていたのか?』――でしたっけ」


 いけしゃあしゃあと他七日リスカは「さっき貴方が『今回ばかりは事件当時そこは密室だった――違うか?』なんて言った時にノーコメントだったのはその為ですね」なんて宣った。


「…………」


 ここまで説明されてしまえば、俺でも他七日リスカの言わんとすることは分かる。


「……つまり、三人は二階のシャッターを一部降ろすことと三階に既に降りていたシャッターをお前に見せることで二階全てのシャッターが降りていたのだと誤認させたってことか?」


「と、思いますね――そして拘束されていない日取其月こと小説家一十一人、機能を成していなかった檻、自殺、その他諸々の事実が指し示す事実は一つだと思います」


 貴方も多分もう分かっているように――なんて他七日リスカは言った。


 日取其月は人殺しなんかじゃ無かったんです、そりゃあ不知川モールに来てた時点でC.H.K.――つまり人殺し予備軍ではあったんでしょうけど。未来の犯罪を取り締まる法なんて独裁国家くらいにしか制定されてませんしね――と、他七日リスカは言った。


 それはつまりこういうことなのか?


 「春夏秋冬殺人事件」当時不知川モールには三人の狩人と二人の獲物ではなく四人の狩人と一人の獲物が居た。


 恐らく四人の中で殺しあったのだ、というのが事の顛末だというのでは無いだろう。


 日取其月が自死であるという結論は他七日リスカも否定しなかった、やはり日取其月――作家・一十一人は自分の意思で首を括ったのだ。


 それならば首を括ったロープ――いや首を括っていなかったとしてもどうやって己を殺したかの説明はいくらでもつく。


 その程度の品揃えが無い建物では商店街をシャッター街に変える力は無いのだろうから。


 そうして自ら死んでしまった一十一人だったが、その死体は三人に見つけられてしまった。


 別に殺人鬼ならば死後も辱めていいと言っているわけではない。


 ないが、しかし自体の首を切り落とすというのでは、殺人鬼と一般人では話が別だろう。


 それでも冷たくなっているのが師であり元恋人であり親族である人間ならば尚更だ。


 それでも三人は協議の末か狂気の果てかそれに向かって斧を振り降ろしてしまった――さながら正義を鉾に暴論を振り下ろすように。


 いや、奴らは何が正しいのなんて理解していなかったんだろう。


 正しさをどこに振り下ろせばいいのか分からぬまま振り下ろされた斧は矛先を誤って不必要なまでに『一十一人』を破壊してしまった。


 こんなものが事件の顛末だと他七日リスカは言うのか?


 これが――こんなものが事件の顛末だとしたら。


「ねー、そんな結論に至ってしまったら少し自己嫌悪するでしょう?」


「……俺自身はお前に無理矢理引きずり上げられただけだけどな」


「さいですか。因みに『正義の鉾をどこに振り下ろせばいいのか分からぬまま振り下ろされた狂気は、矛先を誤って不必要なまでに死体を破壊してしまったのだ』とかポエミーな事思ってそうですけど、違いますよ?」


「……」


「顔潰したのは多分僕が万が一『一十一人』の顔を知ってたらまずいから、手を潰したのは人殺しが小説家の手をしていたらおかしいから、じゃないですかね。それが『手を切る』ダブルミーニングなら少し愉快ですが――素人だったのは斧の扱いより犯行の仕方だったんでしょう」


 「大は小を兼ねないんですよ。不必要な懸念のあまり単に違和感を増やしてしまうなんて、下手な嘘つきが聞いてもないことを説明しだす、みたいな愚行ですよね」と他七日リスカはつらつらと淀みなく言い切った。


「…………あ、そ」


 それを聞いて俺は更に嫌な気分になった。


「――それじゃあ確かに三人はしっちゃかめっちゃかに掻き回してくれた、って感じだが、しかしそれ以上に引っ掻き回したのは一十一人だろ? なんでそいつはわざわざそんなとこまで来てそんなことしたんだよ、別に自殺くらい駅でも出来るだろう」


「さあ、それは一十一人本人に聞いていただかないと分かりませんが、けれど死んだ理由くらいは知ってますよ」


「理由?」


「ええ、さっき言ったでしょう? 三人のところにメッセージ――、一十一人の遺書が届いてたんですよね。言い逃れようのない確固たる証拠だから僕も見せてもらいましたけど」


 「犯人は『人を殺したくなかった』と言ってましたよ、一人はろくに喋れませんでしたけどね」


 ――と、他七日リスカは何が面白いのか笑いながらそう言った。

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