第4話 五十八点

「……『日取其月は自殺である』が五十八点だと言うのなら俺が何を間違ったって言うんだ?」


 こいつは今俺を五十八点だと言ったが、それは四十二点足りない――つまりこの件に関してこれ以上の答えがあるということなのか? と問いただすが、


「間違ったとは言ってませんよ、僕は減点方式で人を見る奴じゃ有りませんからね、四十二点分何かを間違えたと言うよりは四十二点分まだ至らないってことです」


「至らない、だと?」


「ええ、はい。話は大体合ってるんですよね――僕の導き出した答えと照らし合わせれば、って話では有りますが。『日取其月が自殺してC.H.K.の三人が死体の首を切り落とした』」


「…………」


「自殺の仕方は貴方もそれとなく言っていたように首吊りでしょうね、推測ですが。其月の死体のすぐ上にはいい塩梅にロープか何かを結び付けられるようなく鉄柱が吊り下げられていたんですから。その跡もそこを切り取り線にすれば隠せますし、そのロープは三人が回収したというのが妥当でしょう」


 三人にはその工作をするだけの時間があったんだから。


 時間と言えば、時系列を追えば死体を見つけて他七日リスカが解放されるまでに丸一日あった上、現場はショッピングモールだ、それこそなんだって出来ただろう。


 しかし、「けれど」と他七日リスカは言った。


「けれど、それっておかしく有りませんか?」


「…………何がだよ? それくらいの偽装工作くらい馬鹿共でもするだろ」


「違いますよ、そっちじゃ有りません日取其月が首吊り用ロープ、ないし自殺できるような道具を持ってることがです」


「あぁん? それは――」


 …………なるほど、確かにそれは少しおかしなことかもしれない。


 「でしょ?」とでも言いたげに小首を傾げる他七日リスカにはかなり苛つくが、


「日取其月が僕と同じように着の身着のままで密室に閉じ込められていたと言うのならばロープなんて持ってるはずがないんですよ。拘束具をつけていなかったのは模範囚だからということで強引に理由付けしたところで、模範的であればあるほど――反省しているほど紐状のものが支給されるわけがありませんし」


「でもショッピングモールだったんだろ? そんなもの幾らでも――いや、そうか」


「ええ、お察しの通り。そりゃその辺探せば何かしらはあるでしょうが、そもそも四枚のシャッターに閉じ込められた日取其月に探索が出来るはずも有りませんし」


 「パンツ丸出しで死んでいたわけでも有りませんしね」――と、他七日リスカは最後に付け足した。


「じゃあ……うん? つまり、どういうことになるんだ」


「うーんと、普通は『日取其月は自殺である』からこんな展開になるんでしょうが、言ったように僕は手順を逆にしてしまいましたしね。結論から逆算して『自殺である』と導き出してしまったんです――ですからもうこの際結論から先に言うと」


 他七日リスカはそこで一度言葉を区切るーことすらなく。


 さらりと。


「この際結論から先に言うと首切り死体は『人殺し・日取其月』の物ではなく『小説家・一十一人』の物でした」


「は?」


 思わずそんな音が口を突いてでた。


 恐らく今自分の顔を鏡で見ればこれ以上ないほど怪訝な顔をしていることだろう、不快感ではなく突拍子の無さに顔を歪めたのなんていつぶりの事だろうか。


「一十一人、だと? ――その一十一人は一体どこから出てきたんだよ?」


「どこからって結構序盤から出してたでしょう? 『いや、一十一人って誰だよ?』ってならないように。よっぽど話し下手か公平な話し手に徹しようとしなきゃあんな部外者の話延々するわけないでしょうに」


「いや――いや、でも一十一人はまだ生きてるだろ? 先月だったかも新作発表してたじゃねえか」


「一十一人名義で本が出ることと中の人が生きてるかどうかは実はあんまり因果関係無かったりするんですよ、正体不明の小説家さんですしね。僕としては殻井証拠さんがやってるのかと思ってますが――まあ一十一人先生ってそもそも誰にも真似できないような執筆スタイルですが、誰にも真似できない文章を書く人じゃありませんしね。究極的に言えば作家を百十一人集めれば『一十一人』は出来ますし」


 一十一人の中の人――つまりそれが日取其月だったと他七日リスカは言った。


 日取其月の名前を足し合わせ正反対にひっくり返し、バラバラにして変換すれば一十一人ひゃくじゅういちにんのスタイルを持つ小説家一十一人いとうひとりの完成である――と、他七日リスカは紙ナプキンに図解しながら教えてくれた。


 それを見ればなるほど、上手いこと考える人間が居る物だと不覚にも感心してしまった。(考えたのは他七日リスカではなく日取其月なのだろうが)


 しかし、日取其月が一十一人だと言うのならば、それはつまり、人殺しが小説家だったってことなのか?

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