第8話 無言に次ぐ無言
「………………」
「………………」
無言。
無言に次ぐ無言。
お互いにお互いの目を合わせて微動だにせず、口を動かす事もない。そして、遂にその重苦しい静けさに我慢できなくなったのか、
「………………てへっ☆」
三角巾で吊っていない方の手――左手を頭に添えて、舌先を唇の端から飛び出させ他七日リスカ「てへっ☆」と言った。こいつ「てへっ☆」なんて言いやがった! 「☆」まで付けて! 舌まで出して!
「てへっ、じゃねえよ。☆じゃねえよ」
「あれぇ、っかしいなぁ。相手が男ならこうすれば大抵のこと誤魔化せるのに」
到底今年の七月七日に齢二十を数えたばかりの成人女性とは思えないような暴挙に及んだ他七日リスカは何が不服なのか、つまらなそうにそう言った。
「……お前今までどれだけちょろい男ばっか相手してきたんだよ」
「おいおい、僕の必殺技『テヘペロ』をなめてもらっちゃ困りますね。これを食らった相手は必ず死ぬのに」
「俺だって別にそういう文化に詳しい訳じゃねぇけど『テヘペロ』ってカテゴリで言えばもう十分死語だろ」
「マジで!? う、嘘だろ……僕は中学、高校とこれで戦ってきたのに……」
「中高と戦えたなら充分伝説と語り継がれる類の年季の入った武器だろ、よく持った方じゃねえか」
「そんなことはどうでもいいんです! これじゃあ僕がただの痛い奴じゃないかということが重要なんです!」
「…………」
それが彼女にとってよほど重要なことなのか、気勢を上げる他七日リスカ。テヘペロが死語どうかなどとは関係なく、もう十二分に痛い奴だろ、という言葉は目の前で年月の経過に愕然とする成人女性には酷な気がしたから飲み込んだ。
昔から何一つ変わっていないと思っていた少女だが、どうやら彼女もオリンピックに出場するスポーツ選手や人気の新人女優、アイドルが自分より歳下ばかり年齢だということに恐怖する――なんてそんな一般的な感覚を持ち合わせるくらいにはきちんと真っ当に成長していたらしい。
彼女もキチンと進めているという事実は少しばかり喜ばしい出来事だが、しかし俺に言わせればそんなことを思える内はまだ若い――そのうち、自分より歳下の誰かが何かを成し遂げても賞賛こそすれどもう嫉妬はしなくなるのだろうが――なんて、思い当たったところで少し嫌な気持ちになった。
やはり凡人は歳は取るものではないな。
その年齢に見合うだけの功績を積み上げられないから凡人は凡人なのだから、俺のような一般人にとって老化とは一方的な劣化でしかない――というところまで思い当たったところで更に嫌な気持ちになった。
ダメだ、余計なことばかりに頭を取られてしまう。それはある程度仕方のないこととは言えそんな事の為に他七日リスカに会いにきた訳ではないと言うのに。
……そんなことを考える為に俺は他七日リスカに会いに来た訳ではないというのに。
「…………」
俺はそんな苦い気持ちを捻り潰すように、煙草の吸殻を灰皿に擦り付ける。そして一度思考をリセットする為にもう一本新しい煙草を取り出すと火を付け、煙を吸い込んだ。(他七日リスカはまたもや嫌な顔をしたが、またもや知ったことではない)
そして一息つくと、
「ふぅ――で、これ結局何の話だったんだ?」
と、他七日リスカに尋ねた。
「ふふっ、何の話なんだなんて大層含蓄のあることを言いますね。だいたいそれこそ何の話なんですか? テヘペロの話ですか? それとも平次形さんが歳取ったなーって話ですか?」
「お前がしてた『春夏秋冬殺人事件』とやらの話だよ」
俺は吐き捨てるように言った。
俺が他七日リスカに話を聞きに来たというのは確かだが、しかし俺が乞い求めたのは他七日リスカの冒険譚ではない。市民の日常を守りたいお巡りさんや、他七日リスカの日常を守りたい熱狂的な他七日リスカファンからすれば、ひょっとすると今の話は垂涎もののレアモノだったのかもしれないが――前者は俺にとって昔の話だし、後者は俺にとって昔からの話だ。
そんなあまり興味のない話すらも、彼女の顔を立てて黙って聞いていたというのに、C.H.K.だかNHKだか知らないが――それが全て嘘っぱちだったとするならばそんな話すら元より成り立たなくなる。
殺人鬼が集められたという不知川モールも、四人の小説家も、一十一人の自殺も、その土台の上に建っていた話だ。不知川モールの惨劇自体は事実なのだから全てがまるっきり嘘だと言うわけでも無いのだろうが、しかし聞いた事もない病気に罹患した未来の殺人鬼がその殺人衝動を解消するために集まっていた――なんてのは、やはり現実味はないだろう。
「そりゃあ、今のはお話としてはそこそこ面白かったが――作り話になんの意味もないだろう」
「あはは、見解の相違って奴ですね」
他七日リスカはそう笑って言った後、思い出したかのように「そーいっ」と言った。
多分今思い出したのだろう。
そして、その冗談めいた口調を少し堅くし「意味があるか無いかの議論は一度置いておいて」と前置きして、他七日リスカは言葉を続ける。
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