第37話 自分自身のことがもっと嫌いになりました
もちろん、僕が拘束されて居たことに文句は有りません。
冤罪だとは言え、世間的に殺人犯とされている奴を野放しする道理は有りませんしそれは当然の処置ではあるんでしょう。
しかし
そこまで考えたところで、僕の中にふと一つ今更な疑問が浮かび、一つ今更な確信が心にストンと落ちました。
確信したことはやはり
いえ、強い言葉を使い過ぎましたね、もしかすると彼らは本当のことを言っていないかもしれない、あるいは彼らからまだ聞いていないことがあるかもしれないというだけです。
もしかすると、彼らが公明正大に投げてくれた内角低めストレートを僕がうっかり取り損なってしまった、なんて可能性もあるんですから一方的に彼らの非を責める物言いは良くなかったかもしれません。
けれど、それでも曲がりなりにも平等な語り手を騙っている僕が嘘に踊らされていたという事実は上手くありませんね。
一応「聞いた話ですが」だとか「だそうです」だとかうざったいくらい予防線は張ってたんですけど。
そんな「聞いた話」と現実の乖離が僕に一つの疑念を抱かせたんです。
とは言え。
先の通り、この件に関して入れ替わりトリックは否定していましたから――疑うべきは「入れ替わりトリック」ではなく「犯人の良識」だったんですよ。
僕はその引っ掛かりをしばし一人で考え込んでいました。
そして立ち上がり、
「『密室トリックを作るより密室を作る方が簡単』か」
それは
やっぱり彼は賢いですね、それは必ずしも賢明という意味ではありませんが。
僕がその時辿り着いたのは、飛躍的な発想である以上に被虐的な発想でした。
しかし、仮に「そう」だったのだと仮定すれば理不尽なまでに全ての物事に説明がついたんです。
結論めいたことではなく結論を言えば、僕には結局密室トリックは解けませんでした。
だって古今東西難易問わずひとまとめに、乱暴に言えば「密室殺人」とは「密室に見せかけた殺人」であって、謎解きの段になれば、「つまり事件当時この部屋は密室じゃなかったんだ!」で結ばれるのですから。
今思い返しても「何故こんな簡単なことに気付かなかったんだ!」なんて思いますが、しかしそれは当時「名探偵」という肩書きを捨て去ったばかりの僕には少し荷が重かったんでしょう。
その時求められていたのは「逆名探偵」とでもいうべきタスクですからね、見た目は子供頭脳は大人って口上の奴ではなく、一般的な「探偵」の。
さっきも言ったように、事件を解決する「探偵」の心理ではなく、事件を起こす「犯人」の心理――何故そんなことをしたのかという心理に寄り添えばもっと簡単に解けたのかもしれません。
けれど、それで良かったとも思います、恐らく手順が逆になってしまったことで、順路通り行くより簡単に真相の方に辿り着けたんですから。
最初から言っていたようにこれは、人殺しの――否、鬼の気持ちなんて分かんねーよって話ですが、そんなものがわからない僕で良かったと思います。
そんなもの、分かりたくもない。
――ただ、もう一つだけ結論めいた事を言わせて貰えば、人殺しの気持ちが分からなくとも、ソレが思い当たってしまった僕は、自分自身のことがもっと嫌いになりました。
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