第36話 「入れ替わりを疑え」

 そして、その哀れな死体を再び見て僕が思ったことはやはり、


「――入れ替わり、ね。この死体と三人の中の誰がが、いや体格的に太陽たいようしか無理か。じゃあこの死体と太陽たいようが入れ替わっているというのなら中々面白いけど」


「入れ替わりを疑え」なんて例の言葉でした。


 首切り殺人だけならばまだしも、オプションとして顔と手の破壊まで付いてきてしまえばさしもの僕にはそうとしか思えなかったんです。


 幸いにも――いや、不幸にもか。


 不幸にも、日取ひとり其月きつきには誰かと入れ替わる動機がありましたからね。


 先程は入れ替わりトリックは無実を主張する為に行うだなんて言いましたが、それこそ日取ひとり其月きつきには一般市民と入れ替わり、晴れて無実の身となるという堅牢な動機があるんですから。


 けれど、入れ替わりトリックというワードが頭に浮かんだと同時にそれはないとも思いました。


 幸いにも、元々三人には面識があったんですから、太陽たいよう其月きつきが双子レベルで顔が似ているだなんて事情が無い限り日取ひとり其月きつきが誰かに成りすますなんてこと自体がそもそも不可能だったんですから。


 憎子にくこさんと甘太あまた君が口裏を合わせているという可能性も無くはありませんでしたが、しかしそんなことしても二人にメリットがあるわけでもありませんでしたしね。


 そんな事は最初から分かりきっている事です。


 勿論、三人に面識があるという情報は後から知ったので最初に其月きつきの死体を見た時にはこんな断定をすることは出来なかったのかもしれませんでしたが、けれど三人の話を聞いた時点では容易に導き出せる推論ですし。


 その上で僕は行き詰まっていたんですから、首切り死体と入れ替わりについて考えるのは死に筋――僕には何かもっと別のアプローチが必要だったんです。


 僕は別に謎解きが趣味なわけでも無ければ、謎を主食としている魔人だというわけじゃありません、むしろその対極、実利主義とも犯人豪華一点主義とも言える僕にとっては首切り死体の謎も、密室トリックの謎も、究極的な言い方をすればどうでも良かったんです。


 つまるところ誰がやったのかさえ分かればいい、それが謎解きでも犯人の自白でも、なんなら拷問して口を割らせても――そんな意味での別のアプローチです。


 とは言っても、自白は結局してくれませんでしたし、拷問は言葉の綾で「どちらかと言えば平和的な方がいい」の項目がアンケートにあれば迷いなく丸をつける程度には平和主義者の僕にそんな恐ろしいこと出来ません。


 だから、僕に残された現実的な手立てなんて何か他に手がかかりが残っていないか調べるくらいでした。


 そんな経緯で日取ひとり其月きつきの死体の前に立ち戻った僕でしたが、


「……あれ?」


 果たして、其月きつきの死体を二目見てあることに気づきました。


 恐らく直前の甘太あまた君との会話が良かったんでしょう、僕自身も気づかないくらい自然に外していましたから完全に僕の意識の外に置かれていましたし。


「なんでこいつ手錠してないんだ?」


 僕はそう呟いたと思います。


 そう、日取ひとり其月きつきは言葉の通り拘束具の類を一つも付けていなかったんです。


 日取ひとり其月きつきとは甘太あまた君の話が正しいとするならば、江戸時代の倫理観を持っている昔ながらの武人――と、言えば聞こえは良いですが、その実、ただの日本刀を振り回す時代錯誤な社会不適合者だったと言うのに。


 最初に見たときは首切りと、その遺体の凄惨さに目を奪われて拘束具の有無なんて気づかなったんですが、しかしむしろ気づかないこと自体がおかしな話だったんです。


 拘束具の類が仮に其月きつきにも僕と同じように付けられていたならば否応無しにその存在に気づくはずなんですから、あれだけジャラジャラしてましたし。

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