第32話 ましてや人間というのは
ましてや人間というのは木の股から生まれてくるわけじゃありませんから、七〇〇人死んだということは一四〇〇人の我が子を失った親がいるということです。
その他、恋人や配偶者、家庭があるならば子供もいたでしょうし友人や仕事仲間ただの知り合い、そんな繋がりまで考え始めればたった七〇〇人殺しただけでも何千何万――いやもっと多くの恨みを買うことになるでしょう。
ただでさえ殺した方がいい奴が殺されるような恨みを多方面から買っているわけですからね。
僕が今もこうして楽しく口を開いているということこそ恨みで人は殺せないなんてさっき言った持論の生き証人ではありますけど、もし仮に恨みの力だけで人間を一人殺めることが出来ているならば、僕は今ここに座っていないでしょう。
僕が殺人鬼の檻に放り込まれた理由なんてそんな程度の話なんですよ。
それでも一応、時系列を追って説明するならば、えーと。
シャッターが開き
その日僕はいつもみたいに自分の部屋に閉じこもって居たんですよね。
当時の僕は自分の周囲で人が死ぬことをただの偶然だと切って捨てる程愚かではありませんでしたし、積極的に人を死にを見たいと思っていたわけでもありませんから。
閉じこもっていたのは周囲で人が死ぬならば周囲に人が居なければいい、と、そんな単純な備防策という訳です。
だから、僕の部屋も厳重にロックしていたんですよ。
扉は厚さ十五センチの鋼鉄製のものに変え、内側にはいくつも南京錠を取り付け、鎖で雁字搦めにした机や椅子なんかをバリケードにし、そろそろ生体認証システムなんかも導入しようかと思っていたほどです。
それは誰も外から入れないように――と言うよりは誰も中から出られないように。
檻という意味では僕の部屋は
その日も僕はそんな部屋に慎ましくも閉じこもっていたのですが――しかし、九日の昼ごろ急に開かない筈の扉が開け放たれたんです。
別になんていうことはありません、自らシェルターと呼称する程、堅牢だと信じていた僕の部屋でしたが、しかしそれが高校生の財力の限界だったのか、空き箱を潰すように大人の力に簡単に取り壊されてしまったというだけです。
そうして、黒づくめの男達が急に入って来たときは驚くより前にもう観念しましたよ、「ああ僕は遂に変な薬飲まされて幼児にされてしまうのか」と。
しかし、男達は僕に怪しげな毒薬を飲ませることなく、僕の体を拘束具でぐるぐる巻きにし、後ろ手に手錠も幾つも嵌め、目隠しをして視界を奪い、ご丁寧に耳栓までしたどころか、猿轡も噛ませ――とそんな具合に僕を誘拐しました。
それまでも誘拐された経験が無かったわけでは無いんですが、しかしその経験と比べても恐ろしいまでの手際でしたよ。
多分、僕の部屋を破壊してから連れ去るまでに一分掛かってなかったと思います。
……えーと、それで、恐らくそれは
しばらくずっと振動は感じていたので車かもしくは何かもっと他の乗り物に乗せられていたんでしょう。
とりあえずそこで耳栓だけ外され――後は移動時間ずーーーっと怨嗟の念を交えた言葉を聞かされていました。
要約すれば「お前は死んで当然の輩だ」「だからお前は殺人鬼の餌になる」「死んでようやく人の役に立てるな」「何も知らないまま死ね」「早く死ね」――とそんな感じ。
「こいつ死ね以外のボキャブラリー持ってないのかな」なんて考えてる間、時間がどれくらい経ったんでしょうか、ようやく乗り物が止まったかと思えば僕はすぐさま両手両足を掴まれて持ち上げられ、しばらく移動した後なんの説明もなく、文字通りそこに「放り込まれ」ました。
暫くはその身体の痛みに悶えていたので余裕が無かったのですが、よくよく思い返してみれば確かに何か――シャッターが閉まるような音がしていたと思います。
してなかったかもしれない。
その後、それ以上のアクションが無さそうだったので、恐る恐る関節外して拘束衣から抜け、手錠を外し、猿轡もアイマスクもとりあえず全部外したら――その時はもう周囲は四枚のシャッターに囲まれていた、と。
僕が自分の目で見て知ってることはそれくらいです。
八割くらいは見てすらいませんが。
「三階のシャッターは二日目の正午に開いた、それまでは二階と同様で閉まっていたと思う」――との三人の言を信じるならば僕がそこに放り込まれたのはやはり
日付を教えて貰って計算しましたがまず間違えていなかったと思います。
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