第30話 だって日取其月を殺していないということは

 だって日取ひとり其月きつきを殺していないということはC.H.K.を解消出来ていない――つまりもう一人の標的である僕を殺さなければならないということでしたから。


 彼らは何がなんでもそれを避けたかったんです。


 自分の手をこれ以上汚すことを望まなかった、と。


 先ほどは彼らの気持ちがわからなくもないだとか言いましてけれどこっちに関しては僕にはさっぱりですね、人を殺さなきゃ何してもいいのかよ――と、これはまた後の話ですか。


 とりあえず彼らが罪を騙っていたとするのならばそんな理由からなんです。


 その罪はある種の免罪符でもあるんですからそう変な話でも無いのかも知れませんけど。


 まあ、僕はもう探偵の肩書きなんて捨て去った身ですから、そんなつまんない事情なんて踏み入る気もさらさら無かったし考慮するつもりも無かったんですけどね! 


 その辺が全てを解明したがる名探偵とやらの違いだと自負していますが――しかし、ただ、成り行き上とは言え事件を解決しようと思い立った僕でしたがそれは中々の難題でした――というか。


 この事件の肝はやっぱり密室ですからね「俺はこうやって密室殺人をやり遂げたのだ!」とトリックを説明してくれればそれだけで犯人が確定するというのに、誰も密室トリックについては語ってくれなかったんですよ。


 僕がわざわざ別々に三人の話を聞いた理由なんてただそれだけだったのに。


 トリックというものは犯人しか知り得ない情報でありますし、通常の殺人事件とは違い罪の証明をしたがっている犯人ならば簡単に自白してくれると思ったのにとんだ無駄骨でしたよ。


 それはひょっとすると、やっぱり主催者からなんらかの縛りが課せられていて直接的な話ができないとかそんな理由があったのかもしれませんが――こと甘太あまた君に至っては僕を疑っているくらいでしたからね。


 おいおいお前やる気あるのか? って思いましたよ? 


 その後取ってつけたように「僕が日取ひとり其月きつきを殺すのには理由があるんだよ。


 何故なら僕は――」だとか弁明していましたけれど、流石に無理があると思います。


 それに、仮に甘太あまた君と日取ひとり其月きつきとの間に何かがあって彼が本気で其月きつきを恨んでいたとしても結局殺人の証明なんかにはやっぱりなりませんし。


 多分自分が犯人だと推理して欲しかったからの言動だとは思いますが、「動機があったところでなぁ」と僕は思っちゃいました。


 探偵の野郎なんかは――っていうかこれは僕が「探偵」の時代から持ち合わせていた価値観ですからそれはあんまり関係ないのかも知れませんが――素人は動機があるというだけで犯人ポイントを一ポイント加えるのかもしれませんけれど、僕に言わせれば人を殺す理由なんて何でもいいんですよ。


 動機がなくても人を殺せる人間が少ないというのは確かですが、しかし動機があったとしても人を殺せるような人間はそれよりももっと少ないんです。


 必要なのは人を殺せる理由より人を殺せる人間だ。


 誰かを恨んでる人間と殺人を犯した人間の数を比べてみれば明らかです――恨みを持つ、それだけで殺人事件が起きるならば平安時代くらいには日本人滅んでるでますよ。


 だから、人を殺せる奴からすればそれこそ理由なんて何でもいいんです。


「相手を恨んでる」も「今日は雨が降った」も「リンゴが赤いから」も「特に理由なく」も――彼らには何でも殺人の理由になり得るんですから。


 そういう意味では甘太あまた君は僕と一番擦れ違ってたのかもしれません。


 擦れ違っていたのは――食い違ってチグハグだったのは甘太あまた君だけではなく三人ともですけどね。


 太陽たいようにも言ったように、やっぱりなんで犯人がわざわざ密室なんてオーパーツを持ち出して不可能殺人にしたのか分からなかったんですよ。


 殺人が是とはされなくとも、しかし殺人が目的に集った人間を閉じ込めた密閉空間ですからね、それを誰がやったか分からなくする必要があるのか? という話です。


 てっきり三人から話聞くだけで終わると思ってたのに世の中は分からないことだらけでした。


 分からないままにしておいた方がいいことだらけでした――それとも犯人には他に狙いがあったんでしょうか。

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