第27話 それは失敬――

「それは失敬――だが、僕達がお前を発見したのは三階だったけれど、日取ひとり其月きつきが死んだ時お前は本当に三階にいたのか?」


「ええ、そりゃもう。昨日は早くから――っていうか多分六十時間ほど自室に引き払っていたので誰も証人は居ませんけどね」


「じゃあ、僕達が二階に上がった時には、確かに三階のシャッターは降りていた――しかし、僕達が上がれなかった時は、果たして三階のシャッターは降りていたのか? それを証明してくれる奴も居ないってことだろう?」


「降りてたんじゃないかなー」


「三階と二階が行き来自由だったならば一見密室のようなものを作り上げるのは簡単だよ、二階で日取ひとり其月きつきを殺した後本人は三階に引きこもればいい、三階のシャッターを降ろしてな。それだけで一階に居た僕達には何も分からないって寸法だよ」


「ははっ、中々面白い推理ですね甘太あまた君は今度ミステリーにでも挑戦してみてはいかがです?」


「いや、遠慮しておくよ。僕にはそういう摩訶不思議なじみたトリックを練り上げることなんか出来ないからな。僕だけじゃない、誰にだってなんとか密室トリックを作り上げるよりは、なんとか密室を作り上げる方が幾分か易しいんだから――例えば巨大な密室を二つに区切って被害者とは反対の部屋に引きこもって無関係を装うとか、僕の才能じゃそれくらいが限界だよ。そんなチャチな子供騙しじゃミステリー作家は名乗れないよ――?」


「さあ、どうでしょう。斬新な発想だとは思いまよ。なるほど、卵の底を割ったコロンブスは今の甘太あまた君みたいな表情を浮かべてたのかも知れませんね、見えませんが」


「物事は得てして、そんな簡単なことで一回転するんだからな」


「コペルニクス的転回って奴ですね」


「そんな意味じゃ無かったと思うが――今回だって、殺人鬼が俺達三人の中に居るというのが思い込みだったんだよ」


「解説を聞いても理解不能なものがマジックで、トリックというのは後から聞けば『何だよそんなことか』なんて思うものですから、そんな認識違いはよく使われる手法ですが――けれど、甘太あまた君は僕が日取ひとり其月きつきを殺したとでも言いたいみたいですが僕には無理ですよ」


「おいおい、誰もお前が犯人とは言ってないだろ人聞きが悪いな」


「僕を疑ってないとも言ってませんよね、人聞きの悪い言い方をするなぁ、とはいえ。細かいところは置いて置いても、僕の右手こんなですし――見えないでしょうけど――第一に僕は拘束されていたんですよ? それは君も見てましたよね?」


「拘束――ね。ああ、確かに一つや二つじゃないほど手錠やら拘束具やらで雁字搦めにされてたな。事前に聞いていたとは言え第一印象で『こいつヤバイ』と思ったし」


「僕の第一印象が不当に蔑まれたのは嘆かわしいことですが――」


「妥当だろ」


「不当に、です! 不当に蔑まれたのは悲しいですが、しかしそれほどまでに身動きの取れない人間が果たして人を殺せるものでしょうか? それこそ日取ひとり其月きつきは時代錯誤なバトルの天才だったんでしょう? そんなの立ち向かえば僕の首が胴体とさよならしていましたよ」


「それは一見正論のように聞こえるが――しかし七一七人殺した殺人鬼さんよ」


「だから、それは冤罪ですよ!」


「じゃあ、冤罪の殺人鬼さんよ。僕達は当初の予定ではお前を解放することはなかった――というかこんなことになっても別に解放するつもりはなかった。鍵とかを預かってるわけでもないし――何より危ないし」


「かつて室内飼いの兎のような子だと言われたこともある僕を捕まえて酷い言い草ですね」


「それ悪口じゃね――まあそれは置いておいて。解放する気は無かった、にも関わらずお前今普通に拘束具外して歩いてるよな」


「え? はい。そっちから見えないでしょうけど。僕もいざという時困らないように一般的な嗜みとして縄抜けくらい出来ますし、むしろこれこそいざという時でしょうからね!」


「じゃあ、拘束されていようと抜け出して日取ひとり其月きつき殺せるじゃねえか」


「え、あっ……えーと」


「…………」


「…………」


「――てへっ☆」

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