第24話 もしもしこんばんはー

              ◇


「もしもしこんばんわー、いやまだ夕方くらいか。じゃあもしもしこんにちはー、貴方のお名前なーんでーすかー?」


「――なあ、人殺しさん。お前は日取ひとり其月きつきが何をやったか知ってるか?」


「え? うん、えーと、あの、お名前は? 後、僕は人殺しじゃありませんよ?」


「知らないなら教えてやるよ。日取ひとり其月きつきはかつて『現代の百人斬り』と謳われた殺人鬼なんだ」


「ああ、はい、それは何よりです。なるほろ、お話し出来るタイプとお話し出来ないタイプに二分される人類において甘太あまた君は後者に当たるってことですね。了解です」


「いや、僕は無駄なことはやらないタイプってだけだよ。どうせ僕のことをお前は知ってるんだろう? じゃあ無駄が多すぎる現代社会で自己紹介なんて無駄を更に生み出す必要はないじゃねえの?」


「見解のそーいってやつですね。そーいって掛け声可愛いな今度使お。――けれど擦り合わせはカットするべき無駄じゃなく、作るべき無駄なんですよ。何かを設計する時に寸法をギリギリにするのではなく必ず遊びを作るとか多分そんな話です」


「……ま、なんでもいいけどな」


「話振ってきたの君でしょうに」


「なんでもいいよ、それで――どこまで話したっけ。えーと……それで、お前って日取ひとり其月きつきについて何か知ってるか?」


「いや、これっぽっちも知りませんね。其月きつきが人殺しっぽいということはこれまでの話を総合すれば予想できますが――まあそれくらいですか」


其月きつきが活動していたのは僕らの一つか二つ上の世代の話だから知らないのも無理はないだろうけど。日取ひとり其月きつきはさっきも言ったが当時『現代の百人斬り』とまで謳われた殺人鬼なんだよ」


「え? 本当に其月きつきの話すんの? これだからまともに話のできない奴は――それを聞いても、へえ、そうなんですか以外の感想は出て来ませんけど」


「まあ、とりあえず最後まで聞けよ。殺人鬼だったとは言っても其月きつきはただの殺人鬼じゃなかったんだよ――ただの殺人鬼って表現もおかしいが――少なくとも其月きつきは殺人鬼と言っても無差別に人を斬り殺していた訳じゃない」


「ふうん、てっきり通り魔かなんかだから『百人斬り』なのかと」


「通り魔なら多分現代の切り裂きジャックか何かになるだろ、そもそも百人も斬ってないし――斬り殺したのは確か……七、八人だったか?」


「そりゃ、それだけ殺せば首を縄で括られる理由には十分過ぎるとは思いますが。じゃあ『百人斬り』要素はどこから来たんです?」


「切り裂いときゃ娼婦を殺してなくても現代のジャック・ザ・リッパー呼ばわりされるのと同じだよ。百人斬ったから『百人斬り』じゃなく『百人斬り』を思い起こすから『現代の百人斬り』なんだ」


「ははーん、なるほろなるほろ……で、『百人斬り』と言いますと?」


「……宮本武蔵だよ、『一乗寺下り松』だ。他にもあるっちゃあるけど少なくとも日取ひとり其月きつきはそれになぞらえてそう呼ばれているんだよ」


「ああ! それはバガボンドで読んだことあります。つまり――」


「つまり日取ひとり其月きつきは百人を斬り捨てた男じゃなく宮本武蔵のように天下無双を目指す男だったんだよ。西に天下に名を轟かす剣術家があればそれと立ち会い殺し、東に熊を屠る空手家があればそれを撃ち倒して殺す――とそんな奴だ」


「へえ……なんだか少年漫画で連載してるバトル漫画みたいな奴ですね」


「どっちかと言えば青年誌じゃねえの」


「ああ、そう言えばそうですか、バガボンドも青年誌だし。なんだか『現代の百人斬り』ってより『ラスト・サムライ』みたいな奴ですね」


「ラスト・サムライなら万が一後継が出てきたらラストじゃなくなって呼び名に困るからじゃねーの」


「ふぅん。それでもそう言われれば日取ひとり其月きつきとは殺人者ではなく求道者かなにかのように思ってしまいますね。惜しむらくは外れた道を求めてしまったことである――ってところでしょうか」

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