第22話 C.H.K.は一人しか殺さない

 C.H.K.は一人しか殺さない、この原則に乗っ取ればその「治療行為」は有効なんですよ。


 どんな奴がそんな統計取ったのか考えたくもありませんが――「一人殺せば殺人衝動は鳴りを潜める」はいついかなる時も適用されるルールということです。


 だから、人を殺したくなるなら人を殺せばいい。


 C.H.K.に対する机上論的な解決方法は突発的な犯行に至る前に予防策として誰かを殺しておけばいいということに今更異論はないと思います――となれば、誰でも一つの疑問が湧くと思います。


 それは誰でもいいのか? と。


 例えばもう人間とか。


 幸いにして――不幸なことに、この国には死ぬことが決まってる人間が二種類いますしね。


 いや、もちろん「人は誰だっていつかは死ぬんだぜ」なんてレトリックなこと言い出したらみんな死ぬんですけど。


 近い将来ほぼ確定的に死ぬことが決まっている人間と、いつかではなく今死ねと思われている人間が居るということです。


 一人目は余命宣告を受けた末期患者です。


 感動の実話とやらでは余命三ヶ月と宣告されてから一年保ったりしますが、しかしこの国の医療は優良なので――イギリスとかイタリアなんかは医療費無料らしいのに。


 あ、いやすいません忘れてください。


 コホン、さて、この国の医療は優秀なので、余命三ヶ月と言われたら三ヶ月後には大抵普通に死にます――亡くなります……亡くなられますの方がいいですか。


 まあ要するに死にます。


 三ヶ月と言われたらほぼ三ヶ月で死ぬから一年保つだけで奇跡の実話になるんです。


 物事を四則演算的にというか表とグラフの数字とにらめっこするように物事を見てしまう人なんかならばどうせ死ぬならその命を有効利用すればいいんじゃね? とか思ってしまってもおかしくないとは思います。


 どうせタダ捨てされる運命の命一つで未来に奪われるであろう命一つを補填出来るならばそれはプラマイゼロのように見えて得なんじゃ、とか。


 けれど、そんなのナンセンス極まり無い。


 話にならない、話が成立していない。


「バスに四人の乗客が乗っています途中のバス停で五人乗ってきて二人降りました、さて今バスに乗ってるのは何人?」だなんてひっかけ問題がありますが、こんなの本当は引っかかりようがないんですよ。


 その四人がなんの目的でバスに乗っているのか、なぜそのバス会社はバスを運行しているのか、どんな思いでそのバスの車体は作られたのか――そんなもの全てに想いを馳せ、情景を思い浮かべれば間違いようが無いんです。


 余命宣告を受けた患者をただの死にかけの人間と見るのではなく、長い旅路を終えようとしている一人の人間と見れば、それを殺していいなんてそんな風に間違えることなんて無いんです。


 ――だから死が決まっている二人目はそんな間違えようの無いことを、間違えるべくも無いことを間違えてしまった人達です。


 死をもって罪を償う、法律にまで速やかに死ぬことが推奨されてる人達ですね。


 総一郎さん家の夜神君じゃありませんから犯罪者は全て死ねなんて行き過ぎた正義を唱えるつもりは無いですが、しかし生きるに過ぎた人間が居るということも間違いないと思います。


 普通に暮らしていれば死んだ方が良い奴が存在するという感覚は気づいたら身についているものでしょうし、もしその命が有効活用出来るならば利用した方が良いと思う人だって決して少なくないはずです。


 それを公言する愚か者は数える程しか居ないでしょうが、しかし一見妄言のようですが誰も言わないだけの現実論ですよ。


 アンチ殺人、って言うかアンチ人死にの僕からすればそれもまた飛躍的過ぎるとしか言えない非現実的な発想ですが、しかしそんな僕にさえもそれはさっきの余命幾ばくもない弱者の命を消費物と考える発想よりは、帳簿の過不足――現実との乖離が少ないとは思えます。


 僕はそれを決して肯定しませんが、しかしそんなことを考える輩が存在するかもしれないというのには首肯せざるを得ません。


 正義を盾に正論を振りかざす輩ではなく、正義を矛に暴論を振り下ろす輩が。


 C.H.K.に人殺しを殺させて、未来の殺人を防げばいい――と、そんな風に思う奴が居るってことを。

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