第19話 苛烈なキャリアウーマンっぽい人

 苛烈なキャリアウーマンっぽい人をイメージしてと言えばその想像図は八割方憎子にくこさんと一致しているんじゃないでしょうかね。


 少なくとも例え彼女が一般からは多少逸脱した小説家という人種だとしても白スーツを戦闘服にすることは無いだろうと思える程度には普通のキャリアウーマンでした。


 まあ、あれを普通のキャリアウーマンと称すれば本職の方に怒られてしまうかもしれませんけど。


 現在日本において、一人で自立している女性というのはリベラル思想というか男女平等思想というか、大なり小なりそういう感覚を持っていると思います。


 ただ男女平等と言ってもその平等さが現時刻に重きを置いて平等にするのか、今までの総括としての平等さに注力するのか、と、難しいところがありますよね。


 二人の兄弟両方ともにケーキを一つずつ与えるのか、兄は昨日一人でケーキを二つ食べたのだから今日は弟だけにケーキを二つ与える。


 それのどちらがより平等なのか? みたいな話です。


 まあ僕はそんなのどうせ折り合い付かないんだから話すだけ無駄だと思ってるようなタチですけど、興味ないし――ですが兄は当然前者の平等さを主張して、弟は後者の方が平等だと主張するわけです。


 そして、仇愛つれあい憎子にくこはそれを突き詰めたような女でした。


 多分、彼女は女流作家なんて呼ばれれば千代に八千代に恨むようなタイプでしょうね、誰も悪いなんて言ってないのに「女で何が悪いと言うのかしら?」なんて。


 それでいて男流作家というワードは特に気を留めない、みたいな? 僕の勝手なイメージですけど。


 言うなれば仇愛つれあい憎子にくこはリベラリストというよりは男性社会へのリベンジストでした。


 そんな奴に文章という名の発信力を持たせるんだから神様って奴も人が悪い。


 憎子にくこさんも昔からそうではなかったそうなんですが――それこそ一十いとう一人ひとり太陽たいようと出会った当初は花も恥じらい、犬も食わないような乙女だったそうですが、とある出来事がきっかけでああなってしまったらしいです。


 明言はしませんが太陽たいようが好きそうな話です――というか憎子にくこさんのところに行く前に嬉々として太陽たいようから聞かされてました。


 その流れで女子高生には聞かせられないような下世話な話もしてくれやがりましたし、あいつ本当何の為に生きてるんだろうか。


 死ねばいいのに。


 こほん。


 しかしそんなのも過去の話です。


 きっかけはなんであれ、五分ばかり接してみるだけでも、今の憎子にくこさんと仲良くしたいと思う人間は居ないだろうと確信しましたよ。


 話の流れで「密室で死んだ奴なんて居ない」なんてさっきの僕の持論も披露したんですけれど、そしたら憎子にくこさんはなんて言ったと思います?


 生意気にも「あら、密室で人を殺す方法なんていくらでもあるでしょう? 俗に言う遠隔トリックとかいう奴よ。毒ガスだとか、金庫を頭に落とすとか、方法はどうでもいいけれど、中に入らずとも人を殺す方法はあるのだから。フィクションにおける密室トリックというものは半分とは言わなくとも三割くらいはそうじゃないのかしら?」なんて。


 彼女はそんなことすらも分からないの? とでも言いたげに僕に反論したんです。



 それを聞いて僕は「やれやれ、そんな低レベルな話からしなくちゃあならないのか」と思ってしまいましたよ。


 内心辟易としていました。


 持って回った話は得意ですが、理路整然と話すことは苦手ですからね、そんな風に一から十まで説明することは元来僕の性分には合わないんですよ。


 けれど、その億劫さを押し隠し、この世に正義も悪もないと信じている子供に正義と悪について諭すような優しい、それでいて毅然とした口調で言ってやりましたよ。


 


「うっせー、ばーか、ばーか、そういう細かいこと言うから男に振られるんだろ、いつまで昔の男引きずって独身なんだよ」って。


 そしたらグーで殴られました。


 しかも指輪つけたまま。


 やれやれ、すぐ手が出る奴ってのは子供っぽくていけませんよ。


 しかし、その話は置いておいても、リベンジスト――正直語感だけの言葉選びでしたが、彼女のことをそう表すのは案外言い得て妙だと思います。


 彼女が復讐したいのは男性社会というより社会そのもの、或いは自分を含めた全ての物に対してなんじゃないだろうか――そう思わせるほどの怒りというか、恨みというか、悲しみというか、そういうものが言葉の端々に見え隠れしていたんです。


 彼女の心の内なんざ知りませんが、密室の外から人を殺す方法が幾らでもあるように、閉ざされた心からその人となりを拾い上げることくらいは容易でしたよ。


 きっかけは確かに一十いとう一人ひとりではあったんでしょう。


 しかし、リベンジスト――復讐者。


 何が彼女をそう呼べるまでにしてしまったのか、それは決して一十いとう一人ひとりだけではないはずです。


 何が彼女をそうさせてしまったのか、それはそう――ってのは今回全く関係ないので省きますね。


 っていうかそもそも知らないし。

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