第18話 二人目の容疑者は「仇愛 憎子」さんでした。

              ◇


 二人目の容疑者は「仇愛つれあい憎子にくこ」さんでした。


 敬意というものはいつ如何なる時も略せるものじゃありませんよね。


 会話からも分かるように彼女も太陽たいようと同じく作家で――というか「天道てんどう太陽たいよう」「仇愛つれあい憎子にくこ」「日取ひとり甘太あまた」にそれから「一十いとう一人ひとり」は全員小説家なんですけどね、「殻井からい証拠しょうこ」もその編集者ですし。


 狩場に集まった三人が三人とも作家である――それもまた偶然と言えば確かに出来過ぎなような気もしますけれど、「偶然などない」なんて誰かの矜持を勝手に借りパクすればそれはそう特別視することでは無かったんです。


 だって三人は小説家である以前に、一十いとう一人ひとりの知り合いだったんですから。


 さっきも言ったように、結局のところ僕は一十いとう一人ひとりに会ったことがないので彼について何か知ってることは無かったんですが――しかし、又聞き程度の話でも一十いとう一人ひとりの凄まじさは伝わって来ました。


 その凄まじさというのは作家としての凄まじさではありません、いえもちろん作家「一十いとう一人ひとり」の凄さについては語るまでもないことなのですが。


 しかしその「作家」という肩書きを取り去ったとしても、一十いとう一人ひとりという「一個人」は作家「一十いとう一人ひとり」となんの遜色もない魅力を持っていたそうです……いや、作家だなんて勝手に誤認されて勝手に崇拝されるような、そんな目眩めくらましの肩書きなんてなかった方が凄まじさが際立ったのかもしれません。


 それは別に性格がいいとか、容姿が整っているとか、そういう話じゃありません。


 強いて言うなら確固たる自己を持っている、と言うところでしょうか。


 それも少しニュアンスが違うような気もしますけれど。


 それでもどんな人間でも敬服――否、屈服せざるを得ない強烈な個性キャラ一十いとう一人ひとりは持っていたそうです。


 それに輪をかけて、一十いとう一人ひとり本人はそれを否定しているとは言え、やはり芸術的とも言える分野を彼が生業にしてしまったというのもその無自覚か暴力の一つの要因ではあるでしょうね。


 芸術とは時に、観測者の頭を消しゴムで塗りつぶし、心を握りつぶすこともある劇物なんですから。


 意図せず他人を塗りつぶすような存在が、意図せずとは言え他人を塗りつぶす手段を得てしまった、と。


 C.H.K.の縁で繋がった三人と一十いとう一人ひとり――殻井からいさんも合わせれば四人ですか。


 編集者の殻井からいさんと甘太あまた君は別枠としても憎子にくこさんと太陽たいようが小説家になった理由なんて一つしかありません。


 彼らは小説家として偶々同じ小説家である一十いとう一人ひとりとC.H.K.が縁で知り合いになったのではなく、C.H.K.が縁で知り合った一十いとう一人ひとりが小説家だから、天道てんどう太陽たいよう仇愛つれあい憎子にくこもまた小説家になったんです。


 C.H.K.同士、偶々知り合っただけの人間が全員小説家であるというのは、なるほど不可思議な話かもしれません。


 しかし、現実はC.H.K.だからこそ強制的に引き合わされた一十いとう一人ひとりという小説家に人生を揺らがされた奴が追随してしまったと言うだけの話です。


 その辺は拗らせてる自分自身に酔っている太陽たいようと違って、ある程度は弁えている憎子にくこさんは言ってましたよ。


一十いとう一人ひとりが新興宗教の教祖ならば私達はみんな狂信者になっていたでしょうし、あの男が革命家ならば喜んでテロリストになっていたでしょうね」と。


 一十いとう一人ひとりもまた、とある一人の少年と殻井からい証拠しょうこがきっかけで小説家を志したそうですが、しかし、そう聞けばまだ小説家で良かったのかもしれないとすら思ってしまいますね。


 まあ「天道てんどう太陽たいよう」「仇愛つれあい憎子にくこ」「日取ひとり甘太あまた」「一十いとう一人ひとり」はみんな小説家である、とか言っても書いていたジャンルはてんでバラバラだったんですけどね。


 例え一十いとう一人ひとりに影響を受けたとしても人間には分相応というものがありますから――それで太陽おっさんが未だに拗らせてるように――全員がスタイルを持たない濫作家になるということは無かったそうです。


 あんな正気じゃないスタイルになれなかったと言った方がより正しいのかもしれませんけど。


 ですから、複合商業小説家や自称ミステリー作家とも違う人間である憎子にくこさんは歴史浪漫を書いていたそうです。


 ペンネームは「仁愛にいな恋子れんこ」、本名が愛情の裏返しですから、それをもう一度ひっくり返したんですかね。


 歴史浪漫という分野がイマイチわからない僕ですが、まあロマンチックと付いているくらいなんですから恋愛要素絶無ということもないでしょうし恋子れんこという名前もそう的外れな物では無かったのかもしれません。


 代表作はさっきも名前が上がった〈鬼灯姫〉シリーズ、後は「桐一葉の調べ」とかですかね。


 僕はそれ読んだことありませんけど。


 〈鬼灯姫〉だって映画やってなきゃ存在知らなかったでしょうし。


 そんな歴史小説家の憎子にくこさんは、第一印象がホストだった――つまり浮世離れしていた太陽たいようとは対照的に「現代的な働く女性」という感じでした。

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