第12話 盗作も何も話を聞いている限りでは

 盗作も何も話を聞いている限りでは、天道てんどう太陽たいよう名義で出版された「序列最下位ワースト・ワン魔装騎士ディアボロ・ナイツ」こと「夜色のアイスコーヒー」は改変どころか改良が多すぎて「著・殻井からい証拠しょうこ原案・天道てんどう太陽たいよう」としても良いくらいだったらしいですけどね。


 しかし、殻井からい証拠しょうこがなりたいものは小説家ではなく編集家で、彼女がやりたいことは作品作りではなく人間作りだったそうですから、やはり「序列最下位ワースト・ワン魔装騎士ディアボロ・ナイツ」には太陽たいようの名前を使うことにしたそうです。


 それを踏まえれば今の作家「天道てんどう太陽たいよう」は殻井からい証拠しょうこが作り上げた作品だと言っても過言ではないでしょう。


 尽力の結果、接続語すらまともに使えなかった奴をメディア化が内定する作品を作り出せるようになるまでに育て上げたんですからその手腕と努力は壮絶の一言に尽きます。


 そしてもう一人、「天道てんどう太陽たいよう」を形作ったのが殻井からい証拠しょうこだとすれば「天道てんどう太陽たいよう」を生み出した男が居ました――それが一十いとう一人ひとり先生です。


 と言うのも。


 先述の通り、何故か太陽たいようは一時期小説家の一十いとう一人ひとりに師事していたそうなんですよ。


 なんでも、太陽たいようが小説家を志すようになったのも一十いとう一人ひとり先生の作品がきっかけで、元々知り合いではあった、だとかそんなので。


 師事と言っても、漫画家で言うところのアシスタントのようなものだったというだけで――小説家の何をアシストしてたのか知りませんが――小説を書く上での技術を学ぶともに、その他身の回りの世話だとかもやっていたそうですけどね。


 ま、肝心の技術の方は殻井からいさんに扱かれるまでこれっぽっちも伸びなかったそうですが。


 一十いとう一人ひとりと言えば恐らく貴方も知っての通り、年齢不詳、経歴非公開、正体不明、顔出しNG、SNSの類いも一切やらない――そんな自らについて公表していることはデビューした年と発表作だけと言う謎の小説家でありながら、作品は知ってても作者なんて見ないぜ人間の僕でも名前を知っているような超有名人でもあります。


 一十いとう一人ひとりにまつわる逸話と言えば、その秘密主義も有名ですが、


 今時珍しくデジタル機器を一切使わずデビュー以来同じ万年筆で全ての作品を書き上げている、とか――


 究極の写実主義者で小説内に書かれる出来事は全て一十いとう一人ひとりが実際に体験したことだけで構成されているとか――


 速筆で知られる一十いとう一人ひとり先生は毎日十万文字を書き上げそれを継続出来なかった日に引退すると公言している、とか――


 その有名さに恥じない伝説じみた逸話が幾つもありますが最も有名なもので言えば、名前になぞらえて「一人ではなく百十一人の作者が一十いとう一人ひとり名義で書いてるのだ」とさえ噂されるほど幅広い作風ですかね。


 由緒正しき古典文学から格調高いミステリーにタイトルだけで人を選ぶようなライトノベルやくだらないコメディなんかもあれば、甘酸っぱい純愛モノで女子高生の心を掴み、難解で心地いいSFで読者を魅了したかと思えば、勝手に他の人の作品の二次創作を同人作品として販売して物議を醸し出す――と。


 こんな風に言うだけなら簡単ですが、本当にそんなことをやってのけるならば引き出しが多いどころの話じゃないでしょうし、作品ごとに文体から言葉遣い、どの作者にもある程度ある癖と呼べるようなものまで完璧に塗り変わってしまう――そんなの一十いとう一人ひとりは複数人居るとした方が自然なくらいです。


 そんな、時には濫作家とも揶揄されるような一十いとう一人ひとりのスタイルは批判される事もままあるのですが、しかし彼はデビュー以来――正確に言えば二作目三作目の発表以来そのスタイルを崩したことはありません。


 それは彼の「作家は消費者の奴隷である」なんて病的な思想が彼をそうさせているそうです。


 小説を出せるのは読者のおかげ、自分が生活できるのは読者のおかげ、自分があるのは読者のおかげ――と信仰とも狂気とも言えるような強迫観念が彼をそうしていたらしいです。


 そして、太陽たいようにはそれが合わなかった。


 太陽たいよう一十いとう一人ひとりと袂を分かったのも太陽たいようから聞く限りはその辺が理由らしいです。


 表向きは太陽たいようがラノベ文化を軽視し馬鹿にする態度にライトノベルどころかフェザーノベルやバンダムノベルまで手広く手がける一十いとう一人ひとり先生が憤り、「本人は本格ミステリーのつもりでも世間からはラノベと呼ばれる作品」に関連しての対立していた、とは言ってましたが。


 勿論、それが全くないというわけではなく――むしろその対立が生じた理由こそが二人の思想の違いなんでしょうが。

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