第9話 「えっと、天童太陽さんでしたっけ?」

              ◇


「えっと、天道てんどう太陽たいようさんでしたっけ?」


「ああ、そうだよ。天道虫に太陽たいよう天道てんどう太陽たいようだ」


「ふうんまあ、それ以外の天道てんどう太陽たいようも僕はあまり思いつきませんけどね、いや天童があるか――けど、えっと、初対面で無礼を承知で不躾な質問しますけど――ご職業はホストかなにかで?」


「ははっ、いきなり手厳しいな。別に俺自身ホストという職業を下に見ているわけじゃないが、『どうしてホストになろうと思ったんですか?』なんて聞けば世間的に許されない程度には社会的地位の低い職業だろうに。君は俺のどこを見たらホストに見えるっていうんだい?」


「どこって、服装ですけど。そんな趣味の悪い白スーツとか着てるのなんてホストかヤーさんくらいでしょ」


「それは君の見識が狭いだけだな。白スーツというものは浮世離れした人間の戦闘服なんだぜ? 白いビジネススーツというものは非日常を纏う男の一張羅だと言ってもいいだろうな」


「へえ、非日常を纏う――ですか。非日常をほにゃららとか言ってるというか、言わされてる僕が言うのもあれですけど、それじゃあ僕の認識間違ってねーじゃねーか」


「そう言われるとそうかもしれないが――外れてなくとも、間違ってない訳でもないよ。少なくともホストとヤクザ以外しかこの世には反世俗的な職業がないというわけじゃないだろう?」


「反世俗的……白スーツ……ああ! なるほろほろ。つまりあなたはお笑い芸人ですか!」


「いや、小説家だな」


「通りでお笑――え? あ、小説家?」


「ああ、俺は小説家なんだよ。俺はこの世に現存する文字をある一定の法則に並び替えてそれを読んでもらうことを生業にしているんだよ。小説家に漫画家と言えば普段着どころか喪服ですらも白スーツ、ってのは出版業界じゃあ一般常識なんだぜ?」


「僕、その業界知らないけど絶対そんなことないと思う」


「まあなんでもいいけどな。自分が絶対的に正しいと思ってるお子様に一々反論することなんて大人のすることじゃあないんだから」


「その言葉そっくりそのまま――ってのは置いておいても。ふうん、なるほろ太陽たいようさんは小説家なんですか……あの失礼ながら、っていうか多分こんなこと聞くのって本当に失礼だと思うんですけど、有名な方だったりします?」


「ふっ、本当に失礼だな。ま、よく聞かれる質問ではあるけどな。奴ら、有名税じゃあないが反世俗的な奴にはプライバシーがないと本気で信じているらしいし――そうだな、どれくらい有名かは自分でもわからないし知らないし、例え知ってたとしても言語化できるような物じゃないと思うが――うん。少なくともここ数年は小説一本で明日のご飯の心配はしてない、ってとこかな」


「へえ、それじゃあ結構……ペンネームとかあるんですか?」


「いや、本名でやってるよ」


「じゃあ、天道てんどう太陽たいよう、か。……あー、そう言えばどっかでその名前見たことある、ような気がしないでもない気がしますね」


「ははっ、子供は別に気使わなくてもいいんだぜ? それこそ俺の本は君みたいな子供には少し難しすぎるからな」


「まあ難易以前に僕あんまり本読みませんし、たまにラノベ読むくらいですから……でも名前見たのは本当なんですけどね。書店の本棚とかで見たのかな? 代表作とかあります?」


「代表作――そうだな個人的な思い入れがあるのはデビュー作の『夜色のアイスコーヒー』とか『アロハシャツに乾杯』かな」


「『アイスコーヒー』……『アロハシャツ』……は、はあ、なるほろなるほろ」


「やっぱり、知らなさそうだな、別に構いやしないが。……じゃあ『朝凪の神水』は知ってるか? 俺も資本主義国家の一員だから世間的に代表作は一番売れたそれってことになるかもしれない」


「『朝凪の神水』……ん、ちょっと待ってくださいね、それ多分知って――朝凪、『朝凪の神水』ですか? …………ねえ太陽たいようさん」


「ん?」


「つかぬ事をお聞きしますけれど、その『朝凪の神水』の主人公の名前って桂馬五分とかだったりします? 将棋の『桂馬』に時間の五分で『五分ファイブ』、とか?」


「ああ、そうだが。へえ、よく知ってたな。もしかすると読んだこと――」


「ふうん……じゃあ『朝凪の神水』の副題って『転生した俺はユニークスキル《推理》を使ってモテエロハーレム探偵生活始めました』とかだったりします?」


「……まあそうだな、不本意ながら」


「ああ、完っ璧に読んだことありますね?うん。正確に言えば最初の三ページくらいで『俺の探偵力は五十三万だぜ!』とか言い出したから読むのやめたので最後まで読んだことはありませんが。何が君みたいな子供には難しすぎるだこの野郎。思いっきり対象年齢中高生小説じゃねーか」


「はあ? おいおい、あまり馬鹿なこと言っちゃあいけないぜ? 俺の描く小説、俺の創り出す謎は数少ないミステリ好きが垂涎する年齢層が高くても楽しめる正統派の本格ミステリーだというのに」


「年齢層高いやつが『転生~』読むかよ――いや、実は読むって聞いたことはありますけど。でも『転生~』を正統派ミステリー好きが読むかよ」

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