第8話 其月の死体には――

 それはもう其月きつきの顔の判別がつかない――どころかその凶行に使われた獲物が刃物なのか鈍器なのか見ただけでは簡単に判別出来ないほどに。


 あまり詳細に言いたくは無いんですが――近くに頭が切り離された死体がなければ僕は「何故こんなブロック肉が落ちているんだろう?」と思っていたかもしれません、と、そんなレベルの破壊でした。


 その死体を、と言うかその惨状を作り出した人物の得物の扱いの下手さを伺い知れば、それはもしかすると単に死体の首を切り離す時に、うっかり狙いが逸れてしまっただけと言う話なのかも知れませんが――まあそれはないと思います、僕の私見ですが。


 何故ならば、其月きつきの死体にはその無残な頭部だけではなく、両手にもそこまで酷くないとは言え、同じような破壊の痕――つまり破壊工作の痕があったんですから。


 何故そんな小細工をしたのか? その目的の断定は出来ませんでしたが……其月きつきは当然指紋も警察のデータベースに登録されている筈ですから、その手を潰す理由はまあ普通に考えれば指紋を潰すってとこですかね。


 手を切る理由なんて他にありませんし。


 それに、先程はその惨状を「血溜り」と表現しましたが――その時死体の周りに流れ出ていた血液量はやっぱり血の海ではなく血溜まりだったんですよね。


 血圧が何たるかということを理解しているならば、首切り殺人なんてすれば膨大な量の血液が吹き出してその周囲は血溜まりどころか、血の海、いや血の天の河と言っていいほど赤色で埋め尽くされることが容易に予想できるでしょう。


 本当に首切りを手段にして殺害に成功した奴は人体の六〇パーセントが水分という言葉を身をもって知ることになるでしょうね。


 しかし、其月きつきの場合は血溜まりです――それの意味することとは、即ちそこで誰かが首を切って人を殺したとするには明らかに流れ出た血が少な過ぎたということです。


 僕は実況見分なんて出来ませんが、けれど日取ひとり其月きつき――とされた死体の死因は首を切ったこと以外にあったということくらいは容易に看破できました。


 つまり日取ひとり其月きつきとされている死体はただの死体になった後、首切り死体になったのだ! ――なんてことわざわざ言わなくともやっぱりと言うか、なんと言うか首切り死体って大抵そうですけどね。


 全く、良識を疑うぜ。


 例の格言の出番かもしれませんね。


「首切り死体を見ればまずは入れ替わりを疑え」。


 個人的には気に食わないのですが、しかし、そういう個人的嗜好を捨ててフラットな視点で言えば不知川しらずがわモールにあった日取ひとり其月きつきの首切り死体は正確に言えば、発見者たちの話を統合すれば日取ひとり其月きつきの首切り死体とされた身元不明の死体だったということになります。


 其月きつき本人についてはともかく、其月きつきの死体について――それが其月きつきの死体かも怪しいところですが――僕が知っていたことはこの程度ですね。


 まだちょこちょこありますが、それは後ほど。


 後はここで三人ばかり登場人物を紹介したいと思います。


 一人は『天道てんどう太陽たいよう』。


 二人目は『仁愛にいな憎子にくこ』三番手は『日取ひとり甘太あまた』。


「首切り死体を見たら入れ替わりを疑え」と同じように謳われる文句に「第一発見者を疑え」なんて言葉がありますが、そのお約束に則ればこの三人は同時に疑わしい人間だということになります。


 なにせ日取ひとり其月きつきの首切り死体を発見したのはこの三人で、僕は三人から話を聞いただけだったんですから。


 しかしそんなお約束に頼らなくとも、彼らには疑わしいところがありました。


 三人はその時偶々連れ添って行動していたらしいのですが、日取ひとり其月きつきの死体を見つけてしまいます。


 もし死体を見つけてしまったら、その後どのような行動を取れば最善なのかということは中々難しいですが、しかし三人の行動は最善と程遠いところにあったことは間違いないと思います。


 なんと、そんな死体を見つけた彼らはあろうことか、拘束衣に身を包んだ僕の元へ駆け付けるや否や、無理やりそんな悍ましい首切り死体の前まで僕を引きずって来ると口々に主張したんですよ。


 三人が三人とも声を揃えて、声高々に、絶叫するように、毅然として。


日取ひとり其月きつきを殺したのは自分だ!』と。

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