第7話 日取其月とは

 日取ひとり其月きつきとはとある男の名前です。


 身も蓋もないことを言えば僕が其月きつきの生前に出会うことはついぞなかったので結局何か其月きつきについて知ることはなく、また、残念ながら其月きつきについて知っていることも無かったので「日取ひとり其月きつき」という一個人について語れることは又聞き程度の知識しかないのですが。


 しかし僕が出くわした日取ひとり其月きつきの死体と言う名の「物」についてならば幾らか詳しく話せると思います。


 その其月きつきが死んでいたのは――というか僕が其月きつきの死体を発見したのは、霜楓館と霞桜館の二棟で構成される「モールICHINOSE古都不知川しらずがわ店」の霞桜館の二階でした。


 霞桜館は不知川しらずがわモールにあった二つの館のうちどちらかと言えばメインとなる方で、入っているテナントの種類も多く、敷地面積自体も霜楓館と比べれば幾分か広いんですよね。


 だから霞桜館の二階と言っても結構範囲は広いんですが、其月きつきの死体が有ったのは霜楓館と霞桜館を繋ぐ空中回廊からまっすぐ進んで少ししたところでした。


 丁度そこは利用客に開放感を与えることで滞在時間を伸ばすとかそんな理由で海外の刑務所みたいに一階から三階までぶち抜く吹き抜けがあったんですけど、其月きつきが死んでいたのはその吹き抜けのすぐ側です。


 確か、その吹き抜けの内側に設置されてるエスカレーター降りて左手すぐ、だったかな? 


 ああ、そうそう、不知川しらずがわモール二階にあった無地至良店の目の前です。


 無地至良店の目の前と言っても店頭で死んでいたわけではなく、無地至良店の向かい側、吹き抜け側にちょっとしたイベントコーナーみたいな場所があったんですが、血溜まりが出来ていた場所はそこでした。


 そこはそう広いスペースというわけではないですが、僕が中三の時にふらっと前を通ったら民芸品の販売か何かをしていたのを朧げながら覚えています。


 その場所は子供向けの遊戯スペースになっていたり、ちょっとしたパソコン教室なんかを開催していたこともあるらしく――つまり一角だと言っても、上級生の圧力に屈した小学校の低学年がグラウンドの片隅でやるドッジボールコートくらいの大きさはありました。


 子供たちが十人単位で収まるには少し手狭なスペースですが、しかしポツンと死体を一つ置くには大き過ぎるくらいでしょう。


 いや、ポツンと一つだけ死体があったというのは少し語弊がありますね――厳密に言えば死体は二つありました。


 だって首切り死体でしたから。


 首切り死体、この言葉だけでは頭部がなく、肩から下の部分だけが残されている死体を思い浮かべてしまうかもしれませんが、しかしこと今回に限って言えば頭部は死体――肉体のすぐ側に転がっていました。


 仰向けに倒れている死体の延長線上――というか、本来ソレが収まるべき所の延長線上にまるでゴミ屑のように日取ひとり其月きつきの頭は落ちていたんです。


 いや、例え比類無き聖人だろうと稀代の悪人だろうと、亡くなってしまった方のご遺体を指してゴミ屑だなんて言うと僕の人間性が疑われてしまうかもしれませんが、しかこれはむしろ僕の人間性が優良だからこそ婉曲的な表現をすることを選択したという事実に他なりません。


 だってゴミ屑、なんて言ったところで実際はそんな言葉で想像できるほど可愛いものでなく――ゴミ屑なんて言葉で想像出来る程綺麗なものでなく。


 日取ひとり其月きつきの死体は筆舌に尽くし難い、人間ならば誰しも嫌悪の念を押し込められないような惨状だったんですから。


 勿論、何回も言っているように日取ひとり其月きつきの遺体の首が切られていたということは間違いないのですが――其月きつきの首は「切られていた」というほど「切られて」はいなかったんです。


 首切り殺人がいかに難しいのかということは事前に説明済みですよね? 「首が切られた」という言葉が持つイメージ通り、刀でスパッと一刀両断、首が地面にコロン――と、なんてのはファンタジーだと。


 達人は居ない。


 しかし、首切り死体はある。


 さて、つまりどういうことでしょう? 


 そのクイズに対する目を覆いたくなるような答えが当時の僕の目の前に転がっていました。


 其月きつきの死体は幾度も鈍重な刃物でも打ち付けたかのような有様だったんです。


 刃毀れしているノコギリを力尽くで引いて首を千切り離したとしてもああはならないでしょう。


 重ね重ね言っているように、それは首切り死体には違いないんですが。


 しかし、其月きつきの死体は首を切られたと言うより首を打ち据えられていたんです。


 首を切り離されたというより首をミンチにされていたのだ――と言う方が適切なくらいでしたよ。


 そして何より、目を覆うようなものはそれだけでは無かったんです。

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