第6話 少し話が逸れますが

 少し話が逸れますが、実は僕がモール不知川しらずがわに訪れるのはその時で二度目だったんですよね。


 別に最初の来訪が「春夏秋冬殺人事件」の伏線になっているとかそういうわけではなく、以前訪れた時は本当に偶々だったんですけど……僕が中三の時だからあれはもう今から五年前ですか。


 もう中学三年生というワードと不知川しらずがわモール周辺の地理関係でピンと来ているかもしれませんが、それは中学校の修学旅行のことでした。


 当然、名前ばかりとは言え「修学」旅行ですし、観光名所でも無ければ歴史的価値があるわけでも無いショッピングモールを訪れた理由なんて自時間時間潰しに立ち寄ったことがあるというだけで、何か語るようなエピソードがあるわけでもなく――それこそ普通のショッピングモールですし――大した思い入れがあるわけでもないんですが。


 そうですね……ああ、そう言えばその時偶々一階にあるドーナツ屋さんで食べ放題をやっていたので、その言葉の魅力に釣られてふらりと入店したような気がしますね。


 ドーナツって食べ放題とか言われても実は四つでお腹いっぱいだということを学びました。


 僕が不知川しらずがわモールに持ってるエピソードなんてこの程度です。


 しかし、今重要なのは僕がそこで何をしたということではなくそこが十把一絡げのような普通のショッピングモールだったということなんです。


 不知川しらずがわモール跡地なんて言っても、そこら「春夏秋冬殺人事件」から遡れば三年程前まではそこは普通にショッピングモールとして営業していたんですよ。


 しかしその三年後、再び訪れた時にはもう既にその食べ放題をやっていたドーナツ屋さんがテナント撤退しているどころかモール自体が丸ごと閉店していて、モール跡地となっていた――変だとは思いませんか? 


「ショッピングモールが閉店していた」それ自体はありえない話ではないでしょう。


 それこそ僕が訪れた五年前には営業していたからと言ってその三年後も営業していなければおかしいということはありません。


 飲食店なんかは一年保つ方が少数派だと聞きますし、それと比べればあんな大規模商業施設はかなり寿命が長いでしょうが、それでも商業用である以上採算が取れなくなれば閉店もやむなしではあるでしょう。


 けれど「モールICHINOSE古都不知川ことしらずがわ店」に限って言えば、そこは観光都市の――ターミナル駅って言うんですか? まあ大きな駅の「不知川しらずがわ駅」の目と鼻の先に建っていたんですよ。


 当然、数多くの商業施設が乱立する、そんな激戦区に巨体を聳え立たせているショッピングモールを利用客が訪れないわけも有りません。


 帳簿を見せてもらったわけでは有りませんが、しかし経営が立ち行かなくなるほどの赤字なんてのは有り得ませんよ。


 それに不知川しらずがわモールは僕が修学旅行で立ち寄った時に新装開店してまだ数ヶ月程度だった筈だったのに、果たしてそんなものがたったの三、四年で閉店してしまうでしょうか? 不知川しらずがわ駅は見ての通り二年前は愚か、今も人で溢れているというのに、不知川しらずがわ駅の八丈口から出て八丈通りを一つ渡れば、そんな雑踏なんて聞こえないかのように「モールICHINOSE古都不知川ことしらずがわ店」は昔と変わらない場所に、変わらない姿で人っ子一人寄り付かずに建っている。


 ――そこまで来たら単に奇妙な話ではなく、怪談の類になってくるはずです。


 事件当時の不知川しらずがわモールはさながら都市部にぽっかりと空いた真空地帯エアスポットでした。


 客どころか、従業員すら居ない――どころの話ではありません、通行人やそこを秘密基地として遊ぶ子供達、迷い込んだ野良猫すらも居ない。


 何も居ないどころか何にもないんですよ。


 一つ大通りを渡れば人気ひとけの多い駅があると言うのに、そんな場所にかつてショッピングモールだった巨大な空箱がパチンコ屋になるわけでもなく、人々を集めるどころか拒絶するように、ただ立っていた。


 その異常性は誰でも分かることでしょう。


 不知川しらずがわモール跡地は僕らの見ている世界から位相でもズレているのか、誰からも認識されず、誰にも干渉できない――そんな世界から切り離されているかのような場所でした。


 それはもうどれだけガワ・・が綺麗でも廃虚としか形容できないでしょう? 「モールICHINOSE古都不知川ことしらずがわ店」はまさしく、廃された虚構のような場所だったんです。


 ま、もっとも、前述の通り! 廃墟と言っても不知川しらずがわモールの内装や外装が荒廃していたわけでもなく、空箱といっても中には沢山の宝物が詰まってましたけどね。


 それはそれで、「だからこそ」と言えるような恐怖譚ですが。


 全ての売り場に並べられた商品はお客様がいつ来られても万全の態勢でお迎え出来るように規律に則って陳列され――一部除き――何故か通っているらしいエレクトリックパワーのおかげで店内は明るく光輝き、現代日本の夏を語る上では欠かせない空調設備はその責務を十二分に果たし――と、ほんの昨日どころか今の今まで営業してたと言われても信じられる程にはそのモール跡地・・はなんの変哲も無いショッピングモールでした。


 やはり人が居ないことだけを除けばですが。


 そうですね、演者と撮影隊がいないショッピングモールのセットとでも称しましょうか。


 多分、従業員雇って宣伝すれば翌日からでも営業再開出来たと思いますよ。


 その時、食料品売り場に並べられていた食料品に印字されている消費期限や賞味期限なんかを思い出せば、今でも従業員神隠し説が間違っていたのだと強弁出来ないくらいには世界から切り離されている割に、現実的な場所だったんです。


 ――そうして。


 そんな誰も居ない箱庭で日取ひとり其月きつきが死んでいました。

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