5.ルルクンとサッポロ一番

 少年とお兄さんは、また表の街にでると、段をいくつも降りて、目的地のカクテル・バーに着きました。

 今日は少年の、ただ一人の親友の誕生月です。少年はそのプレゼントに、ルルクンをあげることにしていたのです。

 「へえ、ルルクンかあ」

 バーテンダーが差し出したルルクンを見て、お兄さんが感嘆の声を漏らします。

 少年はボール状の大きなボトルを両手で受けとり、ゆっくり、ゆっくり、ボトルの中のルルクンを回していきます。

 ボトルには、ちょうど一杯分のルルクンが入れられているのでした。ボトルには惑星ケロンのオリジナルラベルに加えて、<星のはしご>限定ラベルもついています。

 ルルクンはDR-KK01系辺境にある惑星ケロンで採れる、スピディア系の飲み物です。スピディアは液体の移動により味や色が変化する特性をもちます。そのなかでもルルクンは、液体の回転に応じて甘みが増す飲み物です。

 スピディア系の飲み物のなかには、移動しないと消えてしまう、というものもあります。ルルクンはそのようなことはありません。ただし、回転を止めると酸味が出るため、上質のルルクンは滅多に流通していないのです。

 少年はゆっくり、ゆっくり、ボトルを回し続けます。

 その間にお兄さんは、バーテンダーにインクを尋ねました。ここはバーなので、インクも売っているのです。

 「いいなあ。僕もスピディア系のインクにしてみようかな」

 「あんちゃん、スピディア系を探してるなら、これなんかどうかね。キキリリを事象の地平線近くで限界まで加速しながらインクにした逸品だ。字を書く速さでちょうど地平線を超えて、別の次元に書き込めるんだ」

 「へえ、それはすごい。すごい……けど、レポートに使って大丈夫かなあ……」

 お兄さんはインクの瓶を眺めながら、とても欲しそうに悩んでいます。


 「あれっ」

 お店を出て、お兄さんが慌てます。

 少年はルルクンのボトルを回しながら、どうしたのかなと眺めます。

 「あちゃー、インク買えたのはいいけど、紙を忘れちゃったよ。困ったなあ、レポート書かなきゃいけないのに。ねえキミ、知ってる? 紙を売っている場所」

 「ごめんなさい、しらないです。この下の<動く街>ならあるかも」

 「<動く街>かあ」

 <動く街>は、<星のはしご>のらせん階段のずっと下にあるとされる、今は動かなくなった街です。

 むかし、いまは動かない<動く街>が動いていたころ、<動く街>は縦に伸びるこの大空間を移動していた、と言う人もいます。<動く街>はそのころは街ではなかった、とも聞きます。

 この大空間内の内壁に沿うようにらせん階段がつくられて、<動く街>が動くとその階段を壊してしまうので、<動く街>は動けなくなった、と言う人もいます。そうではなく、<動く街>が動かなくなったのでらせん階段がつくられたのだ、と言う人もいます。

 いずれにせよ、少年はその<動く街>を見たことはありません。

 「そっかー、<動く街>かあ。でも仕方ないな、行くしかないな。ねえキミ、キミは、これからまた上の街に戻るんだよね」

 こくん、と少年は頷きます。

 「じゃあここでお別れだね。ここまで案内してくれて、ありがとね。グミのことはごめんね」

 お兄さんは、少年の頭を撫でました。


 向かいの段に、さきほどの駄菓子屋で会った旅人たちが立っています。2人は手をつなぐと、同時に段から飛び降りました。そうしてらせん階段が囲む大空間を落ちていき、小さくなって、すぐに見えなくなりました。

 らせん階段の街は、どこまでもどこまでも伸びています。

 その天井を見た人はおらず、その底を誰も知りません。

 だから、飛び降りるタイミングを誤ると、二度とは会えなくなるのです。旅は一方向のものなのです。

 お兄さんも段のふちに立って、飛び降りる支度を始めています。

 らせん階段の街にはところどころに網があります。飛び降りたあと、街で休みたいときには、網に捕まり落下を止めるのです。<動く街>はとても遠いと聞いているので、お兄さんは何度か街で休みながら、その場所を目指すことになるでしょう。

 「それじゃ、気を付けてね」

 お兄さんが少年に言います。

 「あの」

 お兄さんが飛び降りようとしたそのとき、少年はお兄さんを呼びとめました。

 「あの、ぼく、あやまることがあるんです」

 「え」

 お兄さんがふり返ります。

 「あの、ぼく、チャルメラがすきって、うそなんです。ほんとうは、サッポロ一番がすきなんです」

 すると、お兄さんは笑いました。

 「なあんだ。じゃあ、僕といっしょだね。今度会ったら、次はサポイチ食べようか」

 少年は強く、大きくうなずきました。


 それからお兄さんは飛び降りて、そのまま見えなくなりました。

 少年はしばらくお兄さんを見守ったあと、踵を返し、らせん階段の街を登ります。両手に持ったルルクンのボトルを大事に回転させながら、もと来た道を戻っていきます。

 らせん階段の街を包むランプの灯が、すこし暗くなりました。

 ランプの灯は、<星のはしご>が通過する近くの星の昼夜の周期に同期します。近くを通る惑星の月の、<塔>からの信号を感じて、その明るさが変わるのです。

 少し暗くなった<星のはしご>を、少年はゆっくり帰ります。

 今日は親友の誕生月です。

 海岸の家にもどって、ルルクンを渡して、いっしょにお祝いするのです。



 おわり

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夢旅少年 久乙矢 @i_otoya

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