紙とペンとおにゃぽらけ

小早敷 彰良

紙とペンとおにゃぽらけ

紙とペンとおにゃぽらけ


「おにゃぽらけが来たよーん」

彼からのLINEが来たのは、私がお風呂上がりの麦茶を堪能している頃だった。

飲み終わったら寝ようと言うところで、何とも間が悪い人だ。

見て見ぬ振りをしようか、迷う間に、2通目が届く。

「おにゃぽらけ、知ってるよね?」

知る訳がない。苦笑と共に、スマートフォンを手に取る。

彼は学生時代からの友人だ。常にふざけたような態度を取っているが、頭は良い。

良いのだけれど、こうして理解に困る連絡を度々入れてくるのが彼の数多くある欠点の一つだ。

「なにそれ?」

私は端的に返す。

困ったことに、彼が既に飽きているという可能性がある。

飽きていた場合、この端的な質問は、既読無視という形で終わる。

けれども、幸いにして、今日はまだ飽きていなかったようだ。

「おにゃぽらけは、おにゃぽらけ、だ」

ポコン、とメッセージが矢継ぎ早に届く。

「小さい子供を助ける」

「神社に祀られている」

「地元でもよく知られている」

「ありがたい存在だ」

一文でまとめられる量の単語を、彼は続けて送ってくる。

無視すると、気になって眠れなくなりそうだ。

私は暖かな布団に休暇を取らせて、勉強机の前の椅子に腰掛けた。

「それが来たって?」

「そうそう!」

すぐに返信が返ってくるのをみるに、よほど話したいことのようだ。

それにしても、

「神社に祀られているって、神様みたいな存在として扱われているのね」

「神様だからね」

おかしいことだ。私は首をひねる。

だって、来たということは、存在があるということだろう。

私は神様を、他の人と同じくらい、信じていない。

もちろん初詣だとかには行くが、まさか来訪するなんて、そんなお伽話あるはずがない。

「それがあるんだよ!」

心の声に応えるように、彼からメッセージが届く。

「最近事情があって、勤め先の図書館で、うつくしい工芸品を預かっていた」

「職員の子供が触った瞬間、触りが」

「さわった」

「あれ?」

「さわり」

「メッセージ、送れている?」

少しずつ、彼の文面に焦りが読み取れて来た。

「触るってタッチのこと? うん、送れているよ」

「微妙に違うんだよなぁ」

「どうすればわかってもらえるか」

穏やかそうな、茶化した文面が、矢継ぎ早に送られてくる。

「鈍い」

「いや、のろーん」

「なんだろうね、これ」

彼の様子がおかしい。

ここになって、私は彼の異変に気がついた。

いくら、いつもふざけている彼とはいえ、無駄な言葉を送りつけて時間を潰す男では決してないのだ。

「電話しようか」

そう、私は提案するも、即座に反応が返ってくる。

「それはダメだ否だおかしいぜ駄目だめだ」

見る間に、否定の言葉が山のように返ってくる。

それを見て、電話しない友人が、どの世界にいるのだろう。

私は彼に、電話をかけた。


呼び出し音が鳴っている。


呼び出し中にかかる音楽は、前に彼が好きだと言っていたバンド、メタリカの曲だ。

二度目かのサビが来る前に、自分はスピーカー通話に切り替えて、メッセージの画面を確認する。

メッセージはもはや、支離滅裂だった。

「おにゃぽらけは素晴らしい」

「かっこいい、モテる」

「花のような香りがする、したら浮き足立て」

「対応はマナー教室で習った」

「俺で持て成す」

「泣き声は耳が幸せに」


ここまで言われて、真意がわからない人なんていないだろう。


「今から貴方の家に行く。それまで持ちこたえろ」

メッセージを送るも、否定の意を示す文字の洪水に押し流される。


だからこそ、行かねばならない。


携帯と財布をひっ掴んで、玄関に走る。

おそらくだが、この「おにゃぽらけ」は、文章の意味を変換することが出来る、超常現象なのだろう。

最初は文字を誤変換させたり、無駄な茶化す語尾をつけるだけだった。

そこから今の文章を推測するに、本来の文章とは、真逆の意味に変換しているのではないだろうか。

紙とペンは古来から、物事を伝えるのに、重要な役割を果たしている。

それを操作出来るなら、人間に対し、どんなに優位に立てるだろう。

彼と私のやりとりは、既に操作されているようだ。

例えば、触り、は、障り。

鈍い、は、鈍い。

じゃあ、小さい子供を助ける、は?

素晴らしい、は? 花の香り、は?


玄関から出ると、意味がよくわかった。


下水道の匂いがする。

どこからともかく聞こえる鳴き声は、ガラスを引っ掻いた時の音だ。


呼び出し音はいつのまにか、途切れていた。


メッセージが、ぽこん、と音を立てる。


「にげてくれ」


彼が自分の文章を書ける意味は、一つしかない。

今、彼の元に、おにゃぽらけ、はいないのだ。


試しに、一文、彼に返信する。


「おにゃぽらけ、うん、会えて嬉しいよ」


ああ。

「おにゃぽらけ、くそ、帰れ」と打ったはずなのに。


私は、ゆっくり、後ろを振り返った。

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紙とペンとおにゃぽらけ 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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