【KAC4】 お嬢様探偵 千代と八千代 ~謎のメッセージは、『紙・ペン・家』~

筆屋 敬介

謎のメッセージは、『紙・ペン・家』

 東京湾岸にほど近い超高級高層マンションの玄関――その車寄せに黒塗りの高級車、ゼネラルモータース・キャデラックが停車した。アメリカ大統領の専用車としても名高い豪勢なものだ。

 

 ほどなく黒塗りの高級車、トヨタ・センチュリーが現れ、そのキャデラックの後ろに停まる。こちらも宮内庁仕様や総理大臣専用車にもなる豪奢なものだ。


 両車ともエンジンが止まり、まずはキャデラックの運転席のドアが開いた。

 パリッとした上質の黒スーツを着た男が降り立つ。サングラスで、その表情は見えない。雰囲気からは30歳にはなっていないだろう。見たところ、要人警護の者にも見える。

 白手袋のその男は、後部座席のドアを静かに開けた。

 

「お嬢様、お気をつけてお降りください」

 柔らかで丁重ながらキリっとした若い男声。端的に言うとイケメンボイスと呼ばれるものである。


「ありがとう、佐藤」

 少々気取ったようにも聞こえるが、ハキハキとした快活な少女の声が応えた。


 ゆっくりと降りてきた姿は、鮮やかな赤いドレスを身に着けていた。パーティーではなく、外出時に着る比較的身軽に動けそうなタイプである。

 年の頃は14、5の少女だ。フリルスカートをひざ下まで摘まみ上げて、優雅に地面に足を付けた。


 美少女だ。かわいらしいながらも毅然とした、他者を命じる事に慣れた雰囲気をまとったその姿に違和感を覚えるとすれば――


「佐藤。このベレー帽は似合っているかしら」

「はい、八千代お嬢様。よくお似合いでございます」


 くるぶし辺りまでの赤いフリルドレス姿に、栗色のロングヘアにちょっと斜めに載せたブラウンチェックのベレー帽。


「あら。これを忘れてはいけませんわね」

 取り出だしたるは、大きな虫眼鏡。


「佐藤、どうかしら。おかしな所はないかしら」

「はい、八千代お嬢様。どこからどう見ても、探偵でございます」

「ありがとう、佐藤」


 違和感を感じないと断言する佐藤であった。



 少女はショルダーポーチを提げ、後ろに停まるセンチュリーに向かった。後ろから佐藤と呼ばれた男が付き従う。

 超高級高層マンションの大きな車寄せには、彼女たち2台の他には車も人影もない。


 センチュリーの後部座席のそばには、運転手の制服を着たがっしりとした男が立っていた。

 制帽の下からは白が少し混じった髪が見えている。年齢は60過ぎだろうか。顔に刻まれたしわは深く、穏やかな表情を浮かべている。しかし、身体は引き締まっており、まだまだ歴戦の要人警護の者に思われた。


「千代お嬢様。八千代お嬢様がいらっしゃいました」

 低く渋い声だが、声にハリがある。


「あらぁ、八千代はん、もう準備できましたん?」

 穏やかで優雅な少女の声が座席の奥から聞こえてきた。

「すんまへんなあ。うち、もたもたしてしもぉて。加藤、よろしおす。開けておくれやす」


 加藤と呼ばれた要人警護風の運転手の男が、センチュリーのドアを開けた。

 降り立ったのは、ほんのり桜色がかった色の着物を着た少女。

 さりげなく鮮やかな金糸銀糸で飾られた裳裾を押さえながら、ゆっくりと地面に降り立った。


 こちらも美少女だ。年の頃は、14、5歳。しかし、軽く結い上げた黒髪と穏やかな所作が、幾分大人っぽく見せている。

 ゆったりと穏やかで何事にも動じなさそうな笑みを浮かべている、この和風美少女に違和感を覚えるとするなら――


「加藤、このお帽子、ちゃんとかぶれてますやろか?」

 さらさらと静かに鈴を振るような声。

 結い上げた黒髪に探偵小説に出てくるようなハンチング帽が載っていた。


「はい、千代お嬢様。よくお似合いでございます」

 こちらも穏やかなバリトンボイスで断言する運転手。

「うれしいわぁ、ありがとな、加藤」

 帯に手を添えて、ちいさくポーズを取る千代と呼ばれる少女。


「あ。あかんあかん。大事なもん、わすれてたわぁ」

 取り出だしたるは、大きな虫眼鏡。

「どうですやろ、ええようになってますやろか」

「はい、千代お嬢様。探偵そのもののお姿です」

「ありがとなあ、加藤」


 着物姿でハンチング帽、片手には大きな虫眼鏡、もう片手に小さなポーチを抱えた姿を探偵そのものと言い切る加藤。




 ドレス姿と着物姿の少女が並んだ。その後ろにはそれぞれサングラスの青年と、壮年の運転手が控える。


「八千代はん、お待たせしました。かんにんね」

「千代さん、よろしくてよ。早速ですけれど、今回の事件の情報を持つという女性は、ここへ来るように仰ったんですわね?」

 赤いフリルドレスにベレー帽の少女――みなもとの八千代やちよが高級マンションの大きな玄関ドアを見やる。


「そうどすえ。うち宛てに、いわゆる『たれこみ』いう手紙が届いたんどす。英語でたいぷらいたーされてた文に、電話番号と住所も書かれてあって、その住所がここなんどす」

 着物姿にハンチング帽の少女――北白河きたしらかわ千代ちよが、ゆったりと答えた。

 

「英語はあんまり得意やあれへんのんどす。せやけど書いてる字ぃくらいは、読めますえ。うちらが調べてる事件の情報を持っている。知りたければ、私の所に来なさいぃて書いてありましたんどす」

 千代はポーチから丁寧に折りたたまれた手紙を取り出し、ひらりひらりとさせた。


「そして、その電話番号に電話をおかけになったんですわよね」

「そうどす。若い外国人はんの女性の声どした。うちの名前を言うたら、なんやぺらぺらぺらぁと話しはりましてん」

「よく、内容がおわかりでしたわね」

 八千代がドレスの肩から提げたバッグからメモ帳を取り出し、中を開いた。メモ帳の表紙には『Detective Note』と書かれてある。


「はあ。事件の名前と、とーくあばうと、かむ、そんな感じでしたえ。最後に事件のひんとになりそうなもんも教えてもろたんどす」

「それが、『紙』、『ペン』、『家』なんですわね?」

 千代もポーチの中からメモ帳をおっとりと取り出した。その表紙には『探偵手帳』と書かれている。


「そうどすなあ。どういう意味かわかりまへん。せやけど、最後にそう言わはって、電話を切りはったんどす」

「紙、ペン、家……家ってこのマンションの事なのかしら。住所の番地はこのマンションで正しいのよね、佐藤」

「はい、お嬢様。仰る通りです」

「千代さん、どこの部屋かは住所に書かれていなかったんですの?」

「八千代はんにお話しした通りどす。うちの探偵としての勘は、最後に言わはった3つの言葉がヒントやぁ思てますんえ」


「紙とペンと家……まるで意味がわからないわ。その会話がここで聞けたらいいですのにね。わたくしでも何か気が付く事があるかもしれませんのに」

「そんなこともあるやろぉって、れこーだーに録音したんどす。これどすわ」

「さすがは千代さん。ぐっじょぶですわね」

「いややわあ、八千代はん。探偵乙女のたしなみどすえ」


 超高級高層マンションの玄関で、音声レコーダーを二人で持って耳をそばだてる探偵お嬢様たち。

 レコーダーから、妙齢のアメリカ人女性の声と千代の会話が流れてくる。


「千代さん、紙とペンと家……って、どこにも――」

「ほら。ここからどす」


『――come into Penthouse. Bye』


「紙とペンとハウス……たしかに言ってますわね」

「はうすぅ言うたら、家、ですやろ? どないな意味かわかりますぅ? うちにはさっぱり」

 八千代が大きな虫眼鏡を片手に顔を上げた。

 瞳がキラキラしている。

「千代さん! これが既に謎なんですわ! 相手からの挑戦状ですの!」

「ほんまやわー! この謎を解けるような名探偵でなかったら、情報は教えてくれんー言うことですなあ!」

 千代も探偵手帳片手に興奮気味の声を上げる。


「八千代はん、ほな行きますえ」

「千代さん、よろしくてよ」

 二人のお嬢様探偵は、すたすたと超高級高層マンションに足を踏み入れた。




 お嬢様探偵の後ろを付き従うサングラス黒スーツの青年、佐藤に、壮年の運転手、加藤。


 佐藤に、穏やかな笑みを浮かべながら加藤が近づいた。

 歩くスピードを少し落とし、小声で話しかける。


「おい、佐藤。ちゃんとわかっていると思うか?」

「加藤さん、なんで外国人に英語で話なんかさせたんですか」

「情報屋つったら、怪しげな外国人美人スパイだろ」

「それ古いですよ。そもそもお嬢様たち、英語が苦手じゃないですか」

「佐藤……お嬢様なのに英語が苦手って、マズいだろうが。探偵ごっこで楽しく英語のお勉強をだな」

「お嬢様たち、よくわかってなくてもいざとなったら気合と度胸と適当さで乗り越えちゃうから、いつまで経っても上達しないんですよね」


 悠々と歩くお嬢様探偵の後ろのお付き二人組。すたすたと平静を保ちながら声には焦りが出ていた。


「加藤さん。お嬢様たち、楽しそうですけどどうやって教えるんですか」

「さりげなくヒントみたいに出すしかねーだろ。若いヤツはなんでも、すぐどうしましょう? だ。ちっとは、こうしたいって案を出せ」

「それひどいですよ。加藤さんが妙な下心出して、英語にしちゃったんじゃないですか」

「そもそも、お前んとこの八千代お嬢ちゃんが探偵に憧れて、うちの嬢ちゃんを巻き込んだところからだな――」

「千代お嬢様が『なんや事件を見つけてきぃ』って言われたからって、加藤さんが準備するからですよ。なんでそこで、『現実はなかなかうまくいかないものですな』とかなんとか言ってごまかさなかったんですか」

「そりゃ、お前――。って、協力してくれって頼んだら、お前もノリノリだったじゃねーか」

「最初の頃は、それほど凝らなくてよかったから――」


「佐藤。どうかしましたか?」

「加藤。なんや困り事え?」

 二人のお嬢様探偵がたおやかに振り向く。


「情報屋の部屋を突き止めるために、まずは『現場百遍げんばひゃっぺん』よ」

「そうどすな。『わからなくなれば現場に戻れえ』言いますもんな」



 この状況に水を差すわけにはいかない。

 お付き二人の戦いはこれからだ。


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