賢者学園の天才児~まったく魔法の修練をしてなかった僕ですが、王都に来たら大成功しました~

妹尾 尻尾

賢者学園の天才児



 ここは、天才児たちが集まる賢者学園。『賢者』の称号を得るために切磋琢磨する魔法の楽園。


 その楽園に、復讐の誓いを立てた一人の天才児が、足を踏み入れた。





――天才っていうのは、やっぱりいる。





「ジーン! お前がこれをやったのか!」

「すげぇ! お前、天才だったんだな!」

「魔法の天才だ! この村から『賢者』が出るぞ!!」


 森から帰ってきた少年――ジーンを、みんなが出迎えていた。


 ジーンの後ろ、縄で縛られた巨大なモンスター、大白狼ホワイト・ウルフを指さして、ジーンのことを大げさに称えている。


 大白狼ホワイト・ウルフは体長3メートルくらいの、その名の通り白い毛並みの狼で、ここらでは珍しいモンスターだ。


 槍を持った普通の兵士が、二十人がかりでようやく倒せるくらいの強力なやつなのだが……。


「え? いやでも、普通に魔法一発で死んだけど?」


 ジーンは、不思議に思って尋ね返す。


 隣家の女の子、ステファニア(6歳)が、森に薬草を摘みに行ったきり帰ってこないというので、ジーンが探しに行ったら、大白狼ホワイト・ウルフに襲われているステファニアを発見した。


 逃げるための目くらましにと思って、習ったばかりのフレアボールを使ったら、あっさり倒せてしまったのだが。


 村人の一人が笑ってジーンに言う。


「こんなデカいモンスター、フレアボール一発で倒せるわけねえじゃん!」

「ていうか、フレアボールが使えるだけでもすげーよ!」


 助けた女の子・ステファニアがジーンを見上げて、


「ありがとう、ジーンお兄ちゃん! 私が大きくなったら結婚してね!」


 それを聞いた村人たちが、一斉に笑う。


「あははは! 良かったなジーン!」

「仲良くしろよ!」


 いや、僕もう、15歳なんだけど……とジーンは思いながらも口に出せない。


 ジーンが困っておろおろしている間にも、みんなはどんどん盛り上がる。


「まさかカッチーニの家からこんな天才児が出るとはな!」

「そうだジーン、お前、王都に行けよ!」

「そりゃいい! 王都の賢者学園だ! 魔法の天才は、みんなそこへ行く!

「賢者になれば王都で暮らせるぞ! 一生安泰だ!」


 そこからはとんとん拍子だった。


 村長の家に呼ばれたと思ったら、白髪の村長が長い白ヒゲを撫でながら、


「わがデッチ村はじまって以来の天才……つまり百年に一度の逸材じゃ。ジーン・カッチーニ、お主は王都へ行き、この村最初の『賢者』になるのじゃ」


 とかなんとか言いだした。


 いや、ジーンは反対だったのだ。だって、自分はついこないだまで魔法の修練なんてしたこともなかったのだ。


 きっと王都に行けば、自分くらいの魔法の使い手なんてたくさんいるはずだ。賢者になんてなれるはずがない。


 しかし、生まれてから滅多に村から出たことのない姉も――死んだ両親の代わりにジーンをここまで育ててくれたフェデリカ姉さんも、こう言うのだ。


「賢者になったら、仕送りよろしくね!」

「いや、姉さん……」


 夕飯の席で、ジーンがスープをスプーンですくったまま呆れ果てていると、姉さんは真剣な顔で続ける。


「あなたにはきっと、才能があったのよ。死んだ父さんも、昔は王都で魔法を習ってたっていうし」

「それ、詐欺師に騙されたやつだよね? 魔法じゃなくて、鳩を出す手品だったっていう……」

「でも父さんの十八番になったわ。収穫祭おまつりでやればみんな喜んだもの」

「魔法じゃないじゃん……。それに僕、自信がないよ……」

「やってみなければわからないわ。まぁ、出稼ぎだと思って、行ってくれば良いんじゃない?」


 万が一、受験に失敗したら、どっかその辺で仕事を探しなさいな――と姉さんは気軽に送り出してくれた。


 子供の頃、まだ両親が生きていたころ、ジーンが「大人になったら王都で働く」と言ったのを覚えているのだと思う。


 まぁ、そんなこんなで。


 連れ合い馬車に揺られて三日。


 ジーンは王都にやってきたのであった。





――姉さんを救うためにも、試験に通らなければならない。絶対に。





 王都ヴァレリアの、賢者学園。


 文字通り、賢者を育成する機関だ。


 他の国はどうか知らないけど、この国では魔法が使えれば王国の軍隊に入ることができるし、軍隊じゃなくても色々と仕事先がある。


 将来安定の宮仕みやづかえ、というわけだ。


 賢者っていうのは、その中でもエリート中のエリートだ。


 軍隊で最も戦力になるのが強力な魔道士であり、この国ではその最高峰を『賢者』と呼ぶ。


 無敵の魔法を使って、死すら克服し、敵と戦う魔道士――それが賢者。


 その賢者を育成するための、賢者学園。


 今日はその入学試験日。


 村長が手続きをしてくれたので、ジーンはほとんど何もすることなく、学園の校庭にやってきた。


「大きい……」


 そして立派な学園校舎を、呆然と眺める。


 周囲には、同じように試験を受けに来たと思しき少年少女たちがいる。だいたい三十人くらい。7歳くらいの子もいれば、ジーン(15歳)より年上っぽい人もいる。


 いや、『同じように試験を受けに来た』っていうのは、正確に言うと、違う。


 ジーンにとっては入学試験だが、彼らは幼年クラスからの進級・・試験だ。幼いころからこの賢者学園に通っていて、ある一定の年齢に達したから、高等部に進級するために試験を受けるのだ。


 この場で、入学試験を受けるのは、ジーンだけ。


 ジーン以外はみんな、小さいころから魔法の修練を積んでいる。


 僕、フレアボールしか使えないんですけど……。と、やっぱり自信がなくなってきたジーンにも、その時は情け容赦なく訪れる。


 試験開始時間になった。


 制服を着た大人が三人ほど、校庭にやってくる。


 熊みたいな大男と、綺麗な女性と、疲れた顔した細身の男性だ。


 一番弱そうな、細身の男性が口を開く。


「みんな、今日はよく集まってくれた」


 すると、受験生たちはみな、ぴしっと姿勢を正した。どうやら偉い人らしい。ジーンもみんなのマネをする。


「ええっと、知っての通り、平民進級・・・・試験だ。一応決まりなので説明すると、年に一度の試験で、貴族以外の生徒はこの試験に合格しないと進級できない」


 細身の試験官が、説明を続ける。


「あまり言いたくはないんだけど、言っておく。貴族出身の生徒は全員進級している。ああ、これは別にえこひいきをしているわけじゃなくて――いや、そういう奴も中にはいるみたいなんだけど、あ、嘘、今の無し、いません、ウチの学園にはえこひいきも裏口進級者も全くいません――ごほん、えっと、つまり、貴族出身は魔法の適正に優れた人材が多いわけで、試験を受ける必要がないほど優秀であり、平民から『賢者』は出ないと言われている通り……」


 何やら失言があったらしい。けど、みんなは笑いもしなければ文句も言わず、ただただ真剣に聞いている。


 ん? ってことは、ここにいる受験生って、みんな僕と同じ平民なのか。と、ちょっと緊張がほぐれたジーン。


 だが、試験官は、こう告げた。


「つまり、今日、誰も試験に合格しない、という結果もあり得る。ていうか、毎年ほとんどそうだ」


 マジで!?


「三十人もいて、一人も合格しないの!?」


 と、びっくりしたら、みんなが自分を見た。あ、ひょっとして、口に出てました……?

 受験生たちの無表情な目が、「そうだ」と告げる。ヤバい。やっちまった。


 細身の試験官が自分を見て、


「えーと、君は……ああ、外部からの入学受験生か! すまない、君のことをすっかり忘れていた。うん、そうなんだ。だから試験に落ちても気に病まないで……いや、すまない。始まる前からこんなことを言うべきじゃないな」


 ぽりぽりと頭をかく試験官。それから皆を見て、


「条件は全員が同じだ。正直、一部の例外・・・・・を除いて、試験官ぼくらは君たちに全く期待していない。でも、だからこそ、君たちの力を見せてほしい。平民からも『賢者』が出ると、君たちで証明してくれ。以上だ」


 その言葉に、全員の気合いが増した――そんな風に僕には見えた。ひょっとしたらその気合いは、魔力ってやつなのかもしれない。


 女性の試験官が前に出て、試験内容の詳しい説明を開始する。


 簡単な筆記試験が一回と、実技試験が二回あるらしい。


 最初の筆記試験は、なんというか、簡単だった。簡単すぎて逆に気味が悪い、とジーンは思う。不安になる。ちら、と周りを見ると、みんな難しそうな顔をしているのだ。


 なんだろう、ひょっとして、自分だけが何か別の問題でも受けているのだろうか。


 こんなの、うちの村じゃステファニア(6歳)だって解けるのに……。


 不思議に思いながらも、筆記試験を無事に終えたジーン。


 次は実技試験だ。


 最初は『的当マトあて』。


 受験生が一人ずつ前に出て、マトに向かって自由に魔法を撃つ。


 撃つ魔法は何だって良い。別に的を破壊しなくても良いし、何なら当てる必要もない――と試験官は言う。


 そんなに難しいのかな、ひょっとしてめちゃくちゃ遠い的で、ハチャメチャ固かったりするのかな……と、ジーンは戦々恐々としながら順番を待つ。


 一人目の生徒が呼ばれた。彼の前、十メートルほどのところに的がある。どうやら『めちゃくちゃ遠い』ってことではないらしい。


 彼は、ちら、とこちらを見る。


 ジーンは、まさか自分が見られてるだろう、とは思わない。他の誰かを、あるいは受験生全員を見ているはずだ。自分にそこまでの力はない。うぬぼれてはいない。


 一人目の彼は、少しだけ考えた後、やたらめったら長い詠唱をして、手を前にかざした。彼の手のひらから、それはそれは小さな火の玉が出て、ゆらゆらと飛んでいき、そして――的を外した。


 ジーンは、目を疑った。


 あんなに長ったらしい呪文を唱えたのに、あれだけの威力しか出せないのはさすがにおかしい。いくら自分が村育ちで、魔法のことなんか何も知らなくてもわかる。


 なんだ、と思う。いったい何の意図があったのだろう。


 その疑問に答えが出るよりも早く、次の生徒が呼ばれた。


 その生徒も同じように、こちらをちらりと見て、そして今度はやたらと大げさな素ぶりで印を組んで、手を突き出した。


 手のひらから、ちょろちょろと、水が出た。


 彼は満足げな顔で、下がっていった。


 おかしい。


 おかしいすぎる、とジーンは思う。


 まさか、まさかひょっとして――みんなわざと弱いふりをしているのではないだろうか。


 あの呪文や、大げさな印が何を意味するかはわからないが、わざとやっているとしか思えない。


 絶対に全力じゃない。


 どうする――とジーンは考える。自分も彼らに倣って、わざと弱いふりをするか。いや、もともと弱いんだけど、もっと弱いふりをするべきだろうか。


 そうこう考えているうちにジーンの番が来た。


 細身の試験官が見ている。


 受験生たちも、自分を見ているような気がする。


 もうどうにでもなれ、と思った。


「――フレアボール!」


 特に詠唱もしないで、というかそんなもん教わった覚えもないので、そのまま撃った。


――がぁぁぁぁんっ!


 どでかい火球が的を直撃し、木端微塵にした。


 恐る恐る周囲を見るジーン。


 細身の試験官が呆然としている。


 受験生たちの声が聞こえた。


「――おいおい、マジかよ……!」

「すげぇ奴が来たな……」

「天才だぜ、ありゃ」


 振り返ると、真剣な目でこちらを見る受験生たちがいる。笑っている生徒もいるが、余裕が無いようにも見える。


 中には、苦虫を噛み潰したような顔で見る生徒もいた。


「…………」


 彼はすぐに顔をそむけた。なんだろう、と不思議に思うジーンだが、試験官に呼ばれて、次の生徒に場所を譲った。


 待機場所に戻ると、ひそひそと話し声が聞こえる。どうやら自分のことが話題になっているようだが、きっとあまりの軽率さに訝しんでいるだけだろう、とジーンは考える。うう、やっぱり来るんじゃなかった、とも。


 それからも試験は続き、受験生たちはみんな、信じられないほど弱い魔法を撃って終わった。


 的を破壊したどころか、的に届いたものさえ、いなかった。




 次の試験は、模擬戦闘だという。


 受験生同士が『決闘』をして、試験官はその勝負内容を見るらしい。


 その説明を聞きながらジーンは、勝てば良いんだろうか、と思う。いやいや、勝てないまでも、せめて怪我をしないように気を付けよう、と思い直す。それがかなり的外れな心配であることも知らずに。


「第一試合、ジーン・カッチーニ対バルトロメオ・フォルリヴェジ!」


 いきなり名前を呼ばれてびっくりする。心臓がバクバクとうるさい。緊張している。当たり前だ。相手が誰だかは知らないが、小さい頃から魔法の修練を、学園という『指導者』と『競争相手』のいる環境で続けてきた者たちだ。


 絶対強いに決まってる。


 今からでも帰りたいくらいだ。


 でも――と、ジーンはなけなし・・・・の勇気を絞って前に出た。


 村のみんなが、親代わりの姉さんが、お前ならできると送り出してくれたのだ。


 せめて、全力を出し切ろう。


 そう決意して、正面を見据えた。


 模擬戦闘の相手は、さきほど自分を、『苦虫を噛み潰したような顔で見ていた』少年だった。


 歳も背丈も自分と同じくらい。つまり、15歳で、165センチ程度。さらさらとした銀の短髪が、その痩躯と相まって、風のように軽く見える。


 奇妙な黒い手袋をした右手で、その髪をかき分ける仕草は、少年の美しい顔立ちと相まって、まるで絵画のようだった。


 しかし、ジーンが何よりも、ぎくり、としたのは、その瞳。


 この世の何もかもを信用していない、という目付き。


 しかし、彼――バルトロメオ・フォルリヴェジは、その目を伏せて、悲しそうにため息をついた。


「――――本当に、運が悪い。なんで僕がこんな役目に」


 気が付けば、周囲の視線が集まっている。いや、一試合ずつ行われるのだから、視線が集まるのは当然のことなのだが、なんというか、その質が違う、という気がする。


 細身の試験官も。


 ほかの受験生たちも。


 この場にいる誰もが、自分たちを――否、を見ている・・・・・







 あ。







 ジーンは気付いた。完全に理解した。


 自分は、間違っていなかった。


 一切合切、本当に、何も間違っていなかったのだと。





――天才っていうのは、やっぱりいる。



 と、バルトロメオは考える。


 天才は、そこら中にいる。


 そいつらは子供の頃から油断もスキもなく、怠けもせず、寄り道すらしないで、ひたすら修練を続けている。


 しかも、そういうのが、この学園・・・・には、何人もいる・・・・・――。


 バルトには目的がある。必ずやり遂げなければならない使命がある。それは、自分でないと不可能だし、自分でないと意味がない。


 戦闘開始の合図が出る。同時に、バルトは自身の魔法の源――右の手袋から魔力を開放、一瞬にして『戦煌体せんこうたい』へと変身した。


 見た目にはほとんど差異はない。手袋が大型の篭手ガントレットに変化したくらいだ。


 しかしその実――バルトはいま、無敵・・である。


 魔法によって構成された戦煌体せんこうたいは、魔力の籠らないすべての攻撃を遮断する。また魔力攻撃をもって戦煌体せんこうたいを破壊されたとしても、元の肉体は一切ダメージを負わない。




 無敵の魔法を使って、死すら克服し、敵と戦う魔道士。




 すなわち――賢者・・


 バルトロメオ・フォルリヴェジは、賢者学園高等部に進級する以前に、もうすでに、賢者としての魔法を備えている、天才であった。


 バルトが片手を前に掲げる。相手には、自分が変身したことすら見えなかっただろう。可哀そうに。


「あ」


 と、田舎から出てきたであろう受験生が、何かを悟ったような顔をした。その時にはもう、バルトの右手から射出された光の弾丸が、音よりも速く彼の肉体を打ち抜いていた。


 彼を射抜いた弾丸には、魔術によってある程度の情報を乗せてある。彼は、あの光弾を喰らった瞬間、稲妻のように脳裏に宿ったであろう。様々な、その情報が。


 バルトは思う。


――実技試験で全力を見せる奴はいないんだ。あれは最低限の魔法が出せれば良いだけだから。みんな、次の模擬戦闘で戦うかもしれない相手の前で、全力は出さないんだ。


 バルトは思う。


――この光弾に痛みは無いと思うし、後遺症も出ないだろう。君にも魔法の素質はあったと思うけど、ここに来るのが――修練を始めるのが、少し遅かった。でも、民間なら君くらいの腕でも雇ってもらえるところはあるはずだ。


 バルトは、伝える。


――君は、こんなところに来ない方が良い。


 すべては一瞬の出来事だった。


 バルトは、他の受験生たちから、『来年の試験に備えて少しでも賢者の魔法を目に焼き付けておこう』と注意深く、真剣な目で観察されるなか、一瞬で田舎から来た哀れな受験生を倒し、そして変身を解いた。


 受験生の多くが、「気づいたら田舎者が倒されてた」と後に語る。


 戦煌体せんこうたいに変身し、光弾を撃つところまで見えたのは、細身の試験官だけだった。


 その試験官は、薄く笑みを浮かべて、バルトを見ている。


 バルトは試験官に一瞥をくれると、銀髪を揺らして踵を返し、その場を後にした。


 どう、とバルトの背中で音がする。


 彼が一歩、足を踏み出したそのとき、ジーン・カッチーニの体はやっと、地面に倒れたのであった。





 というわけで、ジーンは、何にも間違っちゃあいなかった。


 『きっと王都に行けば、自分くらいの魔法の使い手なんてたくさんいるはずだ。賢者になんてなれるはずがない』。


 正しかった。腐るほどいた。


 筆記試験。『自分だけが何か別の問題でも受けているのだろうか』。


 正しかった。外部受験者の試験は、ヴァレリア文字の読み書きが出来るか否かのみ・・を見ている。ジーンの村は王都から近かったため、たまたま教わっていた。対して進級組は、幼年学校で学んだ数年の知識と、その応用を見られていた。ジーンは一問も解けないだろうが、それは彼の知能が低いわけではなく、単に知識量の差である。


 実技試験。『みんなわざと弱いふりをしているのではないだろうか。絶対に全力じゃない』。


 正しかった。ジーンが見たのは手加減と応用の極致だった。風系魔法の詠唱をしてわざわざ掌の空気を高温にして火の玉を出した受験生や、土系魔法の大げさな印を組んでわざわざ大地から水分を取り出して水をちょろちょろと出した受験生を見たのだった。


 『細身の試験官が呆然としている』。『笑っている生徒もいるが、余裕が無いようにも見える』『きっとあまりの軽率さに訝しんでいるだけだろう』。


 実に、正しかった。試験官は「まさかここまで情報を持っていなかったとは」と呆然としていたし、生徒たちも受験に必死で、他人を本気で笑うほどの余裕はなかったし、何の偽装もなく得意魔法を撃ったジーンをいっそ警戒しかけてすらいた。


 試験結果が出た。


 先の宣告通り、試験官は受験生に何も期待してなかったらしい。まさか全員の試験が終わってから五分で結果が発表されるとはジーンも思わなかった。


 合格者は一名のみ。


 バルトロメオ・フォルリヴェジだった。




「やっぱりダメだったかー」


 試験が終わり、予想通りに落ちて、がっくりと肩を落としてジーンは王都を歩く。


 しかし、すぐに顔を上げた。


 あの『賢者』候補に、『君には素質がある』と告げられたのだ。魔法に自分の意思を乗っけて伝えるような天才に。


 ぜんぜん痛くなかった。


 むしろ、元気が出たくらいだ。


 それが、村の畑仕事で痛めてかけていたジーンの腰を、電気ショックの要領で治したとは、ジーンは夢にも思わない。


「あの天才……バルトなんとかが言ってたな。民間なら僕くらいの腕でも雇ってもらえるところはあるはずだって」


 実に、実に正しかった。


 それからジーン・カッチーニは、王都の斡旋所に出向き、火の魔法が使えることを買われて、とある製鉄所で働くことになった。さらにこの数十年後、彼の村の近くにあった鉱山を買い取って、彼と彼の村は大きな利益を得ることになる。


 そんな未来も知らず、田舎から出てきた気のいい少年は、


「姉さんにお土産を買って帰らなきゃなー」


 などと、村ではお目にかかれない露店を見て回っている。


 ふと気になって、背後を振り返る。


 自分は落ちてしまったけれど、彼はこの先、平気だろうか。


――君は、こんなところに来ない方が良い。


 魔法に乗せて、諭すようにそう伝えてきた銀髪の少年のことが、その余裕の無さが、少しだけ心配になった。





――ここは、天才児たちが集まる賢者学園。『賢者』の称号を得るために切磋琢磨する魔法の楽園。


 なんて王国政府は謳っているが、そんなのは嘘っぱちである。


 バルトロメオは固くそう信じる。


――僕はここで生き残らなくてはならない。


 一人残った校庭で、バルトロメオ・フォルリヴェジは、試験官こと高等部の教師から、今後の事務的なあれこれを聞いている。


「いや、まったく君には驚かされるよ、フォルリヴェジくん。まさかもう、戦煌体せんこうたいをモノにしているとはね」


 薄く微笑みながら、細身の試験官が褒めてきた。


 白々しい、とバルトは思う。心のうちに秘めた殺意を気取られないよう、精一杯の無表情を貫く。


「ありがとうございます、エンリコ先生」


 うん、とエンリコと呼ばれた教師は頷くと、バルトの肩に手を置いた。


「君には期待している。頑張りたまえ」


 殺意が膨れ上がる。いっそこの場で始めてしまおうか、という甘美な誘惑がバルトの胸に湧き上がる。


――いや。


 しかしそれを、必死に押しとどめた。


 今はダメだ。


 今はまだ、この『賢者』を殺せない。


 僕はもっと、強くならなければ――姉さんを救えない。


 そんなバルトの決意を見透かしたように、賢者エンリコは微笑む。目を細めて、嬉しそうに、うっとりと。


「では、失礼します」


 一秒でも早く立ち去りたくて、頭を下げた。そのままエンリコを視界に入れることなく歩き去る。


 バルトには目的がある。必ずやり遂げなければならない使命がある。それは、自分でないと不可能だし、自分でないと意味がない。


 この学園で殺された、姉さんの敵を討つために。


 姉さんの魂を、救うために。





 ここは、天才児たちが集まる賢者学園。『賢者』の称号を得るために切磋琢磨する魔法の楽園。


 その楽園に、復讐の誓いを立てた一人の天才児が、足を踏み入れた。



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賢者学園の天才児~まったく魔法の修練をしてなかった僕ですが、王都に来たら大成功しました~ 妹尾 尻尾 @sippo_kiri

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