まほう伝説 エミミーミエーミミ
エミィのなつやすみ その1
真夏日。
照り付ける熱い日差しのもとでエヴァレンティア(以下、エミィ)は、水着姿で、浮き輪に尻をうずめる形になり、青々とした波風立たないプールのド真ん中でぷかぷかと浮かんでいた。
「これで本当にいいのだろうか」
エミィは呟く。
「……どうしようもないでしょう。救援なんて来ないし、じたばたしても無駄よ」
レーネは呆れながらも、この夏の暑い日を楽しんでいるようだった。
レーネは自ら『みんなのまとめ役』と呼ぶほど、4名からなる
頭脳明晰で栄誉あるキャリアを持つ戦闘のエリートなのだが、やや見栄っ張りで意地っ張り、柔軟とは無縁の頑固女などと言われており、同僚たちからは――
”ガサツな女” ”暴力” ”平たい胸”
の異名(隠語ともいう)で知られている、インテリ女子だ。
レーネも同様に、冷えたピンクレモネードを片手に浮き輪に揺れる形で、過ぎる夏の日を体感している。
もっとも、本来はそんな事をしている場合ではないのだが……。
※
『秘境』と呼ばれるその地の、スパリゾートホテルに観光客の姿はなく、レーネ達4名の女子だけが孤立するかたちで外部からの救援を待っていた。
見張り番の星野亜佑美(以下、あゆみ)は屋上部に張ったパラソルの下で見張りの番などもとうに忘れ、漫画を読んでは暇を潰していた。
(ケータローが考古学者目指すようになってからのその後の展開、うろ覚えだなあ……。全巻揃えたいんだけどさ……)
あゆみは独り言をつぶやきながらPDAに収録された漫画を読み進める。
そんな無警戒なあゆみに忍び寄る影。
『ゾンビ』がバリケードで固められたホテルの外壁を破り、あゆみのもとまでよじ登ってきたのだった。
あゆみがこの非常事態を察するには既に遅く、ゾンビの腐肉を引きずる足音を聴いて彼女が顔をあげた時には、すでに目の前までゾンビに迫られていた。
「ぎゃーっ」
上空にこだまする素っ頓狂な悲鳴を残りの3名は聞き逃さなかった。
あゆみが襲撃を受けている。
事態に驚いたレーネは浮き輪ごとひっくり返り、一度はプールに溺れながらもプールサイドに設置した無線機まで駆け寄り、あゆみに連絡を送った。
『あっ、あゆみ! アンタ大丈夫!?』
無線機から聞こえるレーネの安否をよそにゾンビと格闘するあゆみは劣勢だった。
側に置いたマークスマンライフル等の武器に手を伸ばす余裕もなく、なかば抱きつかれるような形でマウントを取られていた。
ゾンビは次第に群れをなし、容赦なく襲いかかってくる。
「あーもうバカ! やめろ!」
あゆみが抵抗しようにも多勢に無勢であり、抵抗して暴れまわるうちにお気に入りの黒の水着はゾンビ達に引っ剥がされ、あゆみは絶体絶命の危機に陥っていた。
そんな危機の渦中に颯爽と飛んできたナカトミ七瀬。
手にしたシュリケンをゾンビ達の頭部に目掛けて飛ばし、あゆみに這い寄っていた連中を次々と蹴散らしてゆく。
「みゆみー、無事!?」
ナカトミ七瀬は元・葉隠流退魔師、いわゆる忍者の少女だ。
かつては家柄の暗殺業を生業としていたが、その過程であゆみと対峙し、敗北する。
そして暗殺業から身を引くに至り
「無事! 水着取られたけど!」
あゆみが息絶えたゾンビの握りしめた手から水着を引っ剥がし、奪還する。
「水着なんかしなくても、良くない?」
ナカトミが猫型の耳をピコピコと動かして案ずる。
ナカトミはニッポン人が変異した亜人種でもあった。
「んな恥ずかしい真似できるか」
あゆみは這い寄ってきたゾンビを退け、ズレたアンダーリムの眼鏡を直した。
「かじられた?」
ナカトミが訊く。
「かじられた。かじられたけど平気。知ってるでしょ、あたしが自然回復するの。死にでもしない限りゾンビにならないよ」
あゆみは平然としていた。
この世界では、おおよそすべての人間がゾンビへと変異するウィルスを持ちながら生きている。
死ねば皆ゾンビになるのだ。
そのため逝去した人間を葬る際には火葬、もしくは刃物等で頭部への損傷を意図的に与える必要があり、それらを怠った際に死者がゾンビ化し、周囲に甚大な被害を及ぼす恐れが出てくる。
今回の一件も死傷者への施行漏れであり、それが爆発的に被害を及ぼした結果がこの有様であった。
「それよりもかじられた箇所の毒がきついよ。はやく解毒したい」
あゆみは脇腹に負った咬み傷を抑え、うろたえていた。
ゾンビによる毒性は強く、解毒法はあるものの数時間で嘔吐から神経系マヒ、1日も持たずして死に至らしめる毒性を持っているため油断は大敵であり、早急な対処が必要である。
だがあゆみは人間ではないため、そこまで心配するほどのものでもなかった。
ウェイストランドの獄炎姫エヴァレンティア(仮) 春雨R @appleluncher
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