エピソード10 エルフの夜更け
あゆみ一同がアウトキャスト達の亡骸の埋葬を済ませた頃には、時は既に夕刻に差し掛かっており、日が暮れる前には警備隊営業所へ帰還しようと一同はスノーモービルを走らせていた。
結局、魔神エヴァレンティア救出のために警備隊から派遣された援軍はレーネ一人のみであり、そのレーネの仕事というのも帰り道の護衛程度に収まっていた。
そしてその道中で特に襲撃を受ける事もなく、一同は無事に営業所への帰還を果たし、レーネの護衛も単なる廃墟街のツーリングに終わった。
ただレーネにとっては、かつての教え子の凄惨な末路を目の当たりにするという、単なる徒労では片付かない苦悩だけが残ったが……。
*
日暮れの大氷河警備隊しろいし営業所。
「はあ、あたしもうクタクタです……始末書、明日じゃダメですか」
エミィを無事回収し、顔に負った致命傷も跡形なくスッキリと回復したあゆみは、事務室の革張りソファに倒れ込むようにして横になり、顔をソファにうずめ込みながら首長コンラッドに直談判した。
「いいよいいよ。野盗共の射殺は止むを得なかったんだろう。何なら俺がでっち上げて書いておくけど」
「えっ、ほんとですか?」
あゆみは嬉しそうに返事をした。
「本部に送る形式上のものでしか無いからね」
「やったあ」
「やったあ、って、あなたねえ……」
同席していたレーネがあゆみを睨みつける。
「ご、ごめん」
「首長もあんまり甘やかさないで下さい」
「うーん。相手が野盗とはいえ、レーネの教え子だったのは気の毒だったな」
「仕方のない事ですよ。警察機関の腐敗のせいです」
レーネにとっては、教え子の死は仕方ないにせよ、始末書ぐらいは書けというのが側で怠けているあゆみに対する本音であった。
「まー、コレがもし公安や星間旅団の連中が相手だったらと思うとゾッとするね。始末書どころじゃ済まないぜ」
コンラッドは冗談めかして言った。
「す、すみません……」
あゆみのトーンも思わず下がる。
「いやいや……こっちも最悪のタイミングで列車事故にモンスター誘導と、とにかく人手不足で首の回らない状況が続いてね。そんな中であゆみちゃんも、レーネもよくやってくれたよ。最悪、魔神がニュートロンドの手に渡るような事態にでもなったら……上層部に頭を下げて暗殺チームを手配して貰うつもりだったからな」
コンラッドの何でもないかのような対処にエミィは青ざめていた。
「あ、暗殺……?」
「そうだ」
「……我を?」
「他に誰がいる」
エミィは沈黙した。
「この大氷河で下手な真似をすれば酷い目に遭うの、よーく分かっただろう」
「あ、ああ。そうだな。その通りだ……」
エミィは頭を抱えた。
「今後はこちらの星野先生(あゆみの事)が大氷河での基本的ルールから、生き残るためのエーテル保有者向けスーパー戦闘術まで、みっちり叩き込んでくれるから覚悟しておくように」
そう言ってコンラッドはあゆみの肩を叩いた。
「え、ええ……? あたしほんとに、自信ないんですけど……」
レーネが続けざまに説得する。
「あゆみ、大丈夫。レベル2以上のエーテル保有者なら学習はともかく、体術面ならすぐに身につくから」
そう言いながら、レーネは淹れたてのインスタント紅茶が注がれたカップをあゆみに差し出すように、テーブルの上に置いた。
「レナが教官やってよ。ニュートロンドに居た時に先生やってたんでしょ」
「私の教育は次世代人向けだもの。彼等しか扱えないように設計されている大型小銃の扱い方をエミィさんに教えても仕方ないでしょう」
「そんな事言っても……あたしより人に教えるの、ずっと得意じゃん」
レーネは遠回しでこそあるが、エミィに関わりたくないといった様子だった。
*
「女の子達、シャワー空きましたよ~」
風呂上がりのナディシャが事務室にやってきて、一同に声を掛ける。
「ちょうどいい、あゆみちゃん。エミィを風呂に連れて行きなさい」
「えぇ?」
まるで初仕事を与えるかのようなコンラッドの提案にあゆみは困惑した。
ナディシャは無事帰還し、ソファの上でボーっと思い耽っているエミィの姿を見るなり、安堵の表情を浮かべた。
「ああ、エヴァレンティア……じゃなかった、エミィちゃんも無事に還って来たのね。良かった良かった。お疲れでしょうし、3人共シャワー浴びてらっしゃいよ」
「シャワー?」
シャワーという装置はやはりエミィのしらない物だった。
「お風呂のついでに、あゆみちゃん使い方教えてあげて」
ナディシャもコンラッドと同様に提案する。
「えぇ? やだなあ……」
「どうして」
ナディシャが不可思議そうに訊く。
「あたし、ひとりで入りたいです」
「ワガママ言ってないで、はよ連れていきなさい」
コンラッドはグズグズしているあゆみの背中を叩き、半ば事務室から追い出すような形で浴室へと向かわせた。
*
「……これを捻るとお湯が出るから」
あゆみは黒いニットの袖を腕まくりし、裸足にスカートといった格好で、パーテーションで区切られたシャワー室の使い方をざっくばらんに教えていた。
「こうか?」
全裸のエミィが指示どおりにコックを捻る。
しかしエミィはコックの丁度良い塩梅での捻り具合を知らなかった為、シャワーヘッドから勢いよく吹き出した熱湯を頭から被ってしまった。
「ビャー!」
「あ~、もっと緩めて。あと熱かったら左側のアレで温度調節出来るからね」
「いや、大丈夫だ……ところでお前は入らんのか?」
「あたしは後でいいよ……」
隣の浴室のレーネがカーテン越しに顔を出す。
「あゆみも入れる内にシャワー浴びておきなさいよ」
「う~ん」
あゆみは尚も渋っているようだった。
「何か問題でもあるのか?」
エミィは訊く。
「いや……あんま裸なの見られたくないだけ」
「はぁ?」
「ともかく先に浴びてて。あたし向こうの更衣室に居るから」
そう言ってあゆみは更衣室へと向かっていった。
「……何なんだ?」
エミィは不可思議そうに呟いた。
「あの子、結構シャイな所あるから。恥ずかしいんじゃないかな?」
隣からレーネが独り言のようにエミィへと語りかける。
「恥ずかしがるような性格には思えんぞ。ところでシャイとは何だ?」
「え、えぇ……?」
そんな2人の会話も聞き入れる事なく、あゆみは浴室を出ようとするが……。
あゆみが引き戸に手を伸ばした途端に向こうから戸が開き、同じくして入浴にやって来た同僚の高柳七瀬(以下、七瀬)と鉢合わせする形で遭遇した。
「あっ、アユミーヌだ」
友人を奇妙な呼び名を付ける事で知られる七瀬は、無論これから風呂と言った様子で、全裸にお風呂セット一式の桶を抱えた姿であゆみに話しかけた。
「アユミーヌじゃないです」
「ひひひ、じゃあみゆみーだね」
「やめてー?」
あゆみは引きつった笑みを浮かべた。
「というかみゆみー何してるの? 服なんか来て」
「いや……」
「あー! そういやエルフ捕獲したんでしょ! エルフエルフエルフ!」
七瀬は噂のエルフの存在を思い出すと、あゆみを押しのけて、湯気の向こうのシルエットからでも分かる新米の赤髪エルフの元へ走って行き、思いきりカーテンを開けた。
「ひっ!」
「あああ、本物だあ! ミユミーヌ見てみて! エルフさんのおっぱいめちゃくちゃ大きいよー!」
七瀬はエミィの腕を掴み、あゆみに見せびらかすようにエミィの裸を見せつける。
これにはあゆみも苦笑する他に無かった。
「あはは……」
「レーネも見てよ、レーネと天と地の差。うひひひ……!」
七瀬はエミィの肩を揺さぶっては振り回して、入浴中のレーネにも見せつける。
「やめてー?」
レーネは起伏の無く平たい胸部をイジられる事など習慣的に慣れており、さほどコンプレックスではなく、冗談のように笑って返せる程だった。
「お、おい……やめろ、揺らすな」
エミィは青ざめていた。
「エルフさん、名前はなんて言うの?」
「エルフじゃない、我が名はエヴァレンティアだ」
七瀬はエミィの顔をまじまじと見て言った。
「エヴァレン……んー、エミィだね。『魔法つかいラブリィエミィ』のエミィちゃんにそっくりだからエミィ。よし決まり!」
「はぁー!?」
エミィは返す言葉が無く、この世界に住んでいる者達のネーミング・センスは間が抜けており、総じて狂っていると思っては頭を抱えた。
「エミィちゃん、うち七瀬。我が警備隊の『女の子ストライクチーム』へようこそ!」
「そんなチーム名じゃないでしょう。私達は特例対策班」
レーネがすかさず訂正を入れる。
「あたし『訳あり集団』って首長から聞いてたけど……」
「あゆみ、それチーム名じゃない」
遠回しにバカにされている事を理解出来ず、チーム名と錯覚しているあゆみにレーネは呆れた。
「それよりもさ、歓迎会しようよ。エミィちゃんの」
七瀬はエミィを歓迎するという名目で宴を始めたい様子だった。
「何時だと思ってんの」
「寝かせてよ」
口々に反対意見が出る。
「えー、つまんないよ。エミィちゃんはお酒飲める?」
それらの反対を制止するように七瀬は聞いた。
「ああ、好物だな」
「ほら、飲めるって! やっぱり歓迎会しようよ」
浮かれている七瀬に呆れたレーネが叱咤する。
「そういう問題じゃないでしょ! 仮にも出動待機中なのにアルコールを入れる馬鹿が居る!?」
「えー、うち飲みたいなあ。ちょっとぐらいなら首長も許してくれるって」
「あたしお酒飲めない……」
一同がそんな会話を交わしているうちに、大氷河警備隊しろいし営業所の夜はとっぷりと暮れていった。
結局エミィは酒にありつける事も無く、あゆみとレーネ両名の制止もあり、歓迎されるといった事もなく、渋々あゆみと共に寝床に就くのだった。
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