エピソード9 エミィ・イン・ザ・ウォーター

静かに降り積もる雪の中、シロメ率いるアウトキャスト達の脱出の足掛かりであったエアクラフトは虚しくも大破、炎上し……そしてその方角からは黒い影が近づいて来ていた。

銃撃による深手の重傷を負っていたシロメは観念し、その場にへたり込んだ。


「ハァ……負けたよ、雪夜叉」

「……あたしも、あんた達と争うつもり無かったけどね」


『雪夜叉』という不名誉な通り名で知られる星野亜佑美は、左手に構えた1911拳銃のスライドを引き、ターゲットへの照準を逸らす事なく抑えたまま、観念したシロメへと近づいていった。


「エルジェも……殺したのか?」

「悪いけど」

あゆみは情けを掛けるつもりなど無かった。

「――クソッ、お前に関わらなきゃ良かった。おかげで皆を失った」

「自業自得でしょ。あんた達があの魔神に干渉した時から、全員殺さなきゃならないって思ってた」

「……本当に、クロエ姉が言っていた通り最低のクズだな、お前は……。本当にタチの悪い悪党だ。アタシ達の側のはずなのに、どうして敵対する?」

「テロリストは嫌い」

「ちっ、ふざけやがって……」


しばし二人の間に静寂が訪れた。


「……殺したきゃとっとと殺せ。アタシは死を恐れない。恐れるものなんて無い! ナイトフォールの栄誉に掛けて……」

シロメがそう言い切る前に、あゆみは引き金を引いた。

脳天に45口径の一撃をまともに食らったシロメは、まるで糸がプツンと切れた操り人形のように……倒れ、雪の中へと沈んでいった。

こうしてシロメ率いるアウトキャストの一団、名もなきナイトフォールの残党は

雪夜叉の手によって全員殺害され、壊滅した。



「……あ、あゆみ? お前……生きていたのか?」

エミィが後ろ手に拘束されたまま、ヨロヨロとあゆみの側に寄ってきた。

そして振り返ったあゆみの顔を見て、エミィは驚愕した。


「ヒャッ! お前のか、顔の片側……無くなってるぞ……!?」

見ればその顔の右半面はおびたたしく損傷し、右目玉さえも無くなっていた。

明らかな致命傷であり、普通の人間であれば死亡しているはずの状態であゆみは尚も生きていた。

「そのうちから見ないで……」

……?」

あゆみは手で損傷部を覆ったが、それは隠しきれないほどに深い傷だった。


「……お前、不死身なのか?」

エミィは訊いた。

「不死身じゃない」

「じゃあ一体なんだ」

「次世代人より少し忍耐力あるだけ。自慢じゃないけど」

「『忍耐力』で片付く話じゃなかろう!?」

「あたしもよく知らないよ……。ただ、あたしは次世代人と体の造りそのものが違うらしいから……奴等は頭に一発喰らわすだけで、あたしの事を死んだと思ったみたい。それで助かった」

「い、一体お前、何なんだ……?」

「だからあたしも分かんないって言ってんでしょ! 言わせないでよ!」

あゆみは激昂した。

自分自身でさえ、自分が何者なのか把握出来ておらず、この説明のつかない異常な生命力をあゆみは上手く話せないばかりに、片目から涙を流していた。


「あたしだって知らないよ……知らないんだよ」

あゆみは涙を見せまいと俯いて、何でもない振りを取り繕ったつもりだが……声はすでに震えており、その様子は鈍感なエミィでさえ分かるものだった。


「……そ、そうか。まあなんだ、不老不死など我が領地ではさほど珍しくないぞ。かくいう我もそうだな、こう見えて300年以上生きておる。瀕死の重傷を負った試しは……ほとんど無いが……まあ、機嫌を損ねる必要も無かろう。よくを蹴散らしてくれた、お前の事を少しは見直してやっても良いぞ」

これでも、エミィなりに気遣いをしたつもりだった。


「……別にこいつ等とやり合うつもりなんて無かった」

「は?」

「あんたが逃げたりしなきゃ、こいつ等も死なずに済んだんだ」

あゆみはエミィと顔を合わせる事もないまま、自らが手を下したシロメの亡骸を見て、口惜しそうに呟いた。

「……敵だろう?」

「敵だよ。大氷河のキャラバン一行を襲撃するような悪党だ」

「なら何故……」

「殺しでしか解決出来ないの……あたしもう嫌なんだよ、大嫌いなんだよ!」


エミィは、自身がこの凄惨な事態を招いた張本人として、当然あゆみから恨めしく思われるのを受け入れるつもりで言った。


「……とんだ青二才よ。武器を取る以上、少なからず殺生を避けられない事ぐらい分かっていよう」

「うるさい」

「こやつらは元より死を望む者達だった。その死が今日訪れただけに過ぎん。お前が手を下さずとも……とうに死の定めにあった者達よ」

「だから何」

「お前が気に病む事ではない……つまりだ」

「何なの」

「その……すまなかった」


あゆみは耳を疑い、振り返った。

「エミィ……?」

「あゆみ。今の力なき我の為によく戦ってくれた。お前のおかげで事の深刻さを身を持って理解したつもりだ。今回の一連の件は……すまない。反省している」

エミィにとって『謝る』という行為自体が数百年ぶり、若しくは遥か過去に置き去りにしてきた感情から生まれたものであり、エミィ自身がこの体験を非常に不可思議なもののように感じていた。


「……もういいよ、エミィ。やることがあるから手伝って」

「――その前にこの手枷を外して貰えないか?」

エミィは未だエーテル封印型手錠で拘束されたままにあり、不自由な状態が続いていた。

手錠の解錠キーの発見にはさほど手間取らず、あゆみがエルジェの遺体のポケットを探った時にはあっさりと入手出来た。


解錠キーを見つめてあゆみがぽつりと言う。

「……今度は裏切らない?」

無論、エミィに対しての問いであった。

「そもそもお前が我に告げた誓約は『警備隊に攻撃しない』と『命令に従う』だろう。あの時点で『脱走してはならない』などと命令されておらんぞ」

「ハァ。しばらくそのままで居れば」

「わ、悪かった。頼むから外してくれ……」

エミィを拘束する手錠のその抗力は、全身に痺れが走るほどに強く、エーテルの抑圧どころか、それが及ぼす不快感と苦痛は警備隊に拘束された時のものの比ではなかった。



時は少し遡って数時間前。

大氷河警備隊営業所は災害への動員に設備不良、ほか様々なトラブルに見舞われた挙句、数少ない航空支援機どころか救援ヘリさえも出せず……結局、魔神エヴァレンティア救出にはモンスター討伐から帰還したばかりの隊員、あゆみと同じくして特例対策班所属の英国女子、レーネ・E・スチュアート(以下、レーネ)が対応に当たっていた。


レーネは逃げ出した魔神が大氷河をほっつき歩いているという由々しき事態において、故障した救援ヘリを動かせずに慌てふためく整備班を叱咤し、その挙句、仕方なしに自前のスノーモービルを稼働させて、あゆみとエミィ両名の救出に向かうハメになっていた。



そして現在。

あゆみとエミィの二人は、雪解けの土をその辺から調達したぼろぼろのシャベルで掘り起こしており、殺害したアウトキャスト達を葬る墓を作っていた。

「はぁ、はぁ……何も墓なんて作らずともよかろう……」

「やだよ……こいつらの遺体を誰も回収しない事を思うと、いたたまれない」

「……ハア、我にはよく分からんな……」


レーネが救難信号、およびあゆみと連絡が途絶えた地点にようやく辿り着いた頃。

そこには戦闘後のが広がっており、そして墓穴を掘っている二人組を確認するや否や、レーネは悲鳴を挙げた。

「あっ……あゆみー!?」

「あっ、だ」

あゆみは穴から顔を覗かせ、レーネを見た。

「あゆみー!?」

レーネは再び悲鳴を挙げた。

あゆみの顔はひどく損傷しており、未だ回復が追いついて無かった為である。


「味方か?」

「うん。レーネって言うドイツ人。レナとかベティとか言われてる。強いよ」

急いで駆け寄ってくるレーネを尻目に、あゆみは彼女を端的に紹介した。

「あっ……あゆみ、無事なの!?」

「無事じゃない」

「見りゃ分かるわよ! ……えーと、は?」

「これがエミィ。魔神エヴァンレゲリオン」

「エヴァレンティアだ!」

エミィは度々名前を間違えられ、腹を立てていた。

その様子を見たレーネは、首長コンラッドから聞いていた噂の魔神が取り敢えずは無事だったのを確認し、安堵した。


レーネはその穴の側で並び、横たわる4人の遺体に目をやった。

「あ、あぁ……この子、シロメじゃない」

「……レナ、知り合い?」

あゆみは穴から這い上がり、レーネに訊いた。

「ブートキャンプ時代の教え子。後にナイトフォールなんかに入隊したって聞いたけど、まさか、こんな形で再会するとはね……」

「……ごめん」

あゆみは殺害した人間が、ましてや仲間の元教え子と知ると……ただでさえ収まらなかった後悔、罪悪感は更に膨れ上がる一方だった。


「魔神を奪われる訳にはいかないもの。大氷河の治安維持のために防げるものは徹底して防ぐ。その為の私達でしょう。あゆみ、ありがとう」

レーネ自身も、あゆみがこういったやむを得ない殺害行為を嫌い、避けれるものなら出来る限り避けたいという性格をよく知っているため、励ますつもりで諭した。


あゆみがぽつりと呟く。

「……戦前の映画で見たことある。まるでCIAみたい、あたし達」

「CIAって?」

レーネは不可思議そうに訊いた。

「人知れず影から世界を救うスーパースパイ軍団」

あゆみの間の抜けた発言にレーネは呆れたが、冗談を言える程度にはあゆみの機嫌が戻ったのをレーネは感じていた。

「……公安じゃあるまいし、私達そんな出過ぎた真似は出来ないでしょ」

「公安ってレーネが以前所属してた部門じゃないの」

「違う。あんな秘密警察と一緒にしないでよ」


無論エミィにはこれらの会話など到底理解のできない退屈な戯言であり、かじかんで感覚を失いつつある手と、拘束具によって失ったエーテルを回復させるべく、早いところ暖を取りたいと思っていた。


「おい、まだ掘るのか……? もう日が暮れてしまうぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る