エピソード8 皆殺し編

「あゆみーーッ!」

エミィは思わず叫んだ。

頼りなくとも、この地の案内役としては心強い味方を目前にして失ったショックは魔界の獄炎姫エヴァレンティアといえど、胸に突き刺さるほどに大きかった。

呼びかけてもやはり反応は無く、確実な致命傷を負っていた。


その直後、エミィは銃床で頭を強打された。

「魔神級とは驚いた。お前を本部に売ればマジで戦争特需が増えるぜ。アタシ達も仕事に困らねえし、平和ボケした旧人類共にも火が付くだろうよ」

「くっ……」

エミィは敢え無くエーテル封印型手錠によって拘束され、シロメ率いるアウトキャストの手に落ちた。

「べつに、ウチらは活動資金さえ調達出来れば良かっただけなのに……。シロメ、ヤバい案件に首突っ込んじゃうかも知れないよ?」

「エルジェ……クロエ姉達の悲願を叶えよう。魔神の力を以ってアタシ達は更に強くなれる。ニュートロンドを次世代人こそが統治する街に作り変えるんだ」


アウトキャスト達の思惑はエミィの求めた混沌の世界そのものだった。

しかし同時に、背徳的で、胸の中で引っかかるものをエミィは感じていた。

自分が犠牲になるからではない。

この年端もいかない少女達が戦争を夢見る様は、紛うことなき狂気であり、エミィには彼女達が少女の皮を被った悪魔のように思えたからだった。

―――自分も、この悪魔達と同類だったのだろうか?

エミィには同族嫌悪のような、過去の自分を見るような腑に落ちない気持ちばかりが胸中に残った。


「ほら、とっとと歩け」

エミィは彼女らの運転するエアクラフトまで小突かれながら、連行されていた。

その乗り物と思しき宙空に浮く無機物を目にしても、今さらエミィは驚くことも無く、ただ従うままに歩いていたが……ふと、腑に落ちない『引っかかり』が弾けたのか、エミィは歩みを止めた。

「……コンラッドの言う通りだな。外界は我が魔神の力を望む愚かな連中ばかりか。どいつもこいつも戦争だの、血を流せだのと言って止まない野蛮人ばかりとは、甚だ可笑しいものだ」

「……おい、その程度の愚弄、アタシらもとっくに聞き飽きてんだ。効かねえよ」

エミィは続けた。

「お前達の望む革命なぞ、我もとうに見飽きておるわ……。それら革命もやがては下らない権力争いに終わり、ひとつの国家が滅んでゆく顛末をな」

そしてエミィは肩をすくめて笑った。


シロメは拳で思いきりエミィを殴り飛ばした。

「その減らず口をどうにかしねーと、しまいにゃあその耳を引きちぎるぞ」

エミィは地面に突っ伏しながら、呆れたように笑っていた。

その様子はさながら、イジメられっ子が諦めて暴力を受け入れる時のような、開き直ったかのような態度であり、どうにでもなれと思っていたのだ。


「時間稼ぎのつもりなら止めといたほうがいいよ。シロメちゃんって怒らせたら何しでかすか分からないから……」

エミィを見下すようにアウトキャストの一人が助言する。

「ルチア、エルフさんを起こして」

「了解……っと」

エミィはルチアに肩を抱えられ、尚も強制的に歩かせられた。

「エルフさん、ルチアの言う通り。闇討ちシロメの名は伊達じゃないよ。気がついたらあなたの首が無くなっててもおかしくない」

エルジェは歩調を合わせながら、脅すように諭した。

エミィにはそもそも、エアクラフトまでの道のりが死刑台のように思えていた。


「……雪夜叉を殺すつもりは無かった。それだけは言っておく。下手な真似を見せようものなら先手を打たれる前にブッ殺すのがアタシ達の流儀なんだ。個人的な恨みじゃない」

エミィにはシロメの流儀がウソ八百で構成されているものだと感じた。

建前上は理路整然とした事を言うが、実のところは感情で動き、その都度言い逃れに走る畜生じみた生命体だと。

エミィ自身も思い当たる節があり、思わず笑ってしまっていた。


「くっくっくっ……」

「なにが可笑しい」

「無能」

「は?」

「無能だと言っている」


シロメはその悪あがきに呆れ、闇討ちシロメの本領を発揮しようとした。

「そうか」

シロメは最悪生け捕りでなくとも本部に死体さえ持ち帰れば、それだけでも釣りが来ると考え、やはりエミィをこの場で殺す決断をした。

そうしてシロメは背中に据えた刀に手を伸ばそうとしたが……。


目にも止まらぬ速さの抜刀、居合の達人としてニュートロンド市警の間でも恐れられるシロメの右腕は一瞬にして消し飛び、失われた。

「あ、ああ……?」

シロメは自らの身に何が起こったのか理解し難く、欠損した右腕からほとばしる鮮血をしばし眺めては、呆然としていた。

同時にエミィも事態を理解出来ずにいたが、シロメの背後の、その濃霧の向こうで立ち上がる影をエミィは見た。


「敵襲! 全員散開しろォ!」

シロメが大声で告げた途端、おびただしいほどの銃撃がシロメを襲った。

エミィは地べたに放り出され、痛みに悶えるシロメを見るような形で倒れ込んだ。

そしてエミィのすぐ真上では亜音速の銃弾がかすめる程に飛び交っていた。

「ち、ちくしょう……エルフ、貴様図ったな……!」

エミィは背後を取られている事に気付かないシロメ達に対し「無能」と吐き捨てた訳ではなく、かと言って時間稼ぎを図った訳でも無く……それらはいずれも偶然であり、この事態にはエミィ自身も驚いていた。


「ぎゃっ!」

呆気に取られたルチアが遮蔽物に隠れる間も無く、蜂の巣にされる。

エミィには彼女が得体の知れない炸裂魔法を食らっているかのように見えた。

それは狙い澄ましたかのように人体の急所へと着弾し、着実にルチアの息の根を止めまいと頭部から胸部にかけて、激しい炸裂音と共に幾度となく叩き込まれる。

このしつこいほどの銃撃は衛生兵ルチアのシールドを弾き飛ばし、やがて彼女の頭部を粉砕するに至った。


エルジェは悲痛な叫びを挙げた。

「雪夜叉だ! アイツ私達を皆殺しにする気だ!」

エミィは殺されたはずのその名を聞き、耳を疑った。

魔法兵エルジェは持ち前のブラストシールドを展開し、濃霧の向こうから飛来する銃撃をガードしながら負傷したシロメに近寄った。

エルジェの算段では、シロメの側にはエミィがおり、エミィを人質にさえ取れば相手もまともに射撃出来なくなるだろうと見込んで行動に移したのだった。


「シロメ、エルフを連れてエアクラフトまで逃げて! 早く!」

「エルジェ……!?」

エルジェはシールドで防御を張りながら重傷のシロメを引きずり起こした。

《アリアナ、聞こえる!? 私がヤツを引きつけるから狙撃お願い……!》

《了解、位置は把握出来た。アイツの裏を取ってみる》

身近な遮蔽物から様子を伺っていた偵察兵アリアナは、エルジェからのインスティンクトほんのうを傍受、共有をすると早速行動に移した。


この二者の間で共有されたインスティンクトの目論見では、敵がブラストシールドの裏を掻こうと模索している間にアリアナが敵の背面にテレポートし、有利位置からの狙撃、奇襲を仕掛けるというものだった。

偵察兵アリアナは短距離間でこそあるが、エミィのようにテレポートを駆使出来る諜報のプロだった。


《アリアナ、頼んだよ……!》

そうエルジェが願って間もなく、姿さえ視認出来ない濃霧の向こうからアリアナの物と思しきスナイパー・ライフルの大口径の轟音が鳴り響いた。

その間にエルジェは重傷のシロメを守るように、エアクラフトへと向かっていた。

「アリアナ……?」

シロメは重い足取りでエミィを引き連れながら、アリアナの安否を伺っていた。

だが、濃霧の向こう側へと行ったアリアナが帰ってくる事は無かった。


「エルジェ、アタシの事はもういい……! エルフを連れて走れ!」

「『家族』を見捨てられるもんか! あなた無しに部隊をどうしろと!?」

「ヤツに魔神を奪還されたら終わりだ! 行け!」

シロメはエルジェを振り払い、エミィを託してエアクラフトまで向かわせた。

そうしてシロメは遮蔽物もない大氷原の中で、ひとり残された。

「これでいい、これでいいんだ」とシロメは自らに言い聞かせたが……。


――見送った矢先、エルジェが乗るはずのエアクラフトは爆破した。


「いぎゃー!」

その後間もなくして虚空に響き渡る悲鳴。

その悲鳴を聞いたシロメは、自ずと旅の終わりを悟る他に無かった。

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