エピソード7 あゆみ死亡
あゆみは急ぐあまりに突如として前転し、一瞬にして愛用の寝袋を脱着するという疾風のごとき早着替えをして見せた。
そしてこの一刻を争う時期に及んでなお、命と同じほど大切なものを守るかのように、あの寝袋をスノーモービルの荷台にしまい込んでいた。
「そんなもの捨てれば良かろうに!」
「お気に入りなんだよ! いいから早くモービルに乗って!」
あゆみは愛車プリンセス・シスター号を思いきり吹かし、エミィに後部座席に乗るよう呼びかけた。
「……こ、これに乗れと?」
エミィはモービルのうねりを挙げるような駆動音を聞き、躊躇した。
未だかつて耳にした事のない機械仕掛けの轟音だった為である。
「時間が無い! それともあんたテレポートする!?」
「空間移動術を使用するにはまだ刻明が過ぎておらん! 無理だ!」
「じゃあ、とっとと乗る!」
急かされるエミィに選択肢は無かった。
「しっかり掴まってるんだよ!」
「こ、こうか!?」
エミィはしがみつくような姿勢であゆみに掴まった。
「あんた胸デカ過ぎ! 苦しいんだけど!」
「おっ……お前が言うな!」
*
地響きが絶えず鳴り渡り、崩れ行くモール跡から2人はモービルに乗り脱出した。
その後ろからは、おぞましくも巨大なひとつ目の古龍『ママゴン』が息子達を焼き殺した主犯格エミィを食い殺さんと怒りに満ち満ちており、モール跡の瓦礫を突き破りながらの猛突進をして来ていたのだった。
「あ、あれがエルダードラゴンか!?」
エミィは咆哮を挙げながら迫ってくるそれが、自らの知るドラゴンとは形容しがたいものであり、驚愕した。
「エラーゴンの母親だからママゴン! まともに相手してたら殺されるよ!」
あゆみはスノーモービルを全速力で走らせていた。
躊躇しようものなら一瞬でママゴンに飲まれる状況だった。
「ひ、ひぎぃー! もう少しまともな道を……! あばばば!」
廃墟街のオフロードは段差が激しく、少しでも油断すれば転倒しかねない上に背後からはママゴンが迫っており、死の恐怖のあまりエミィは悲鳴を挙げた。
やがてその不安定なオフロードは勾配の急な坂道へと変化し、モービルの速度はさらに増した。
その先はどう見ても道が途切れており、明らかな崖が待っていた。
「ばっ、馬鹿……死ぬ気か!?」
「飛ぶ!」
「はぁー!?」
エミィからすれば、あゆみの飛ぶという判断は狂気そのものだった。
あゆみ達はママゴンから既に距離を詰められており、選択に猶予はなく、この坂道をくだる他に手段はなかった。
同時に、おびき寄せられたママゴンはこの急な斜面に耐えられずバランスを崩し、さながら雪ダルマの如くゴロゴロと転がり落ちて来ていた。
鳴り響くママゴンの咆哮と地響き、そして高速で滑走してゆくモービルにエミィは恐怖のあまり発狂した。
「ビ、ビャ~~~! やめてくれえぇ~!」
「しっかり掴まってろ!」
そしてモービルはスキージャンプのごとく宙を飛んだ。
崖際の緩やかな斜面が奇跡的にジャンプ台となり、2人は飛ぶまで存在すら把握出来なかった濃霧の向こう岸に着陸したのだった。
崖下は底の見えないほどの深い谷になっており、ママゴンは自重に耐えられず谷底へと転がり落ちていった。
「……や、やった……ヤツは?」
「この程度で死ぬ相手じゃない。でも這い上がってくる事も無いと思う。エラーゴンの巣に戻ってくれるとは思うけど、もうあそこに近寄ること出来ないよ」
あゆみは後方に広がるラウンド・モイレペツを見て呟いた。
「……そうか。何はともあれよくやってくれた。見直したぞ」
「誰のせいでこんな事になったと思ってんね」
「お、お前の監督不十分のせいだろう。我に責任を押し付けるな」
エミィはあくまで自分の責任では無い事を主張した。
「このバカ……反省するまでエーテル拘束の刑だよ。帰ったら覚悟しておいてね」
「な、なんだと……!? そうだ、それなら我にも考えがあるぞ!」
「なにさ」
「有益な情報がある。取引だ」
エミィは不敵に笑った。
「何と交換」
「拘束の撤回」
「いいよ。それで?」
「お前達の言う『魔法使い』が我々に近づいて来ている」
呆れ顔のあゆみの表情が途端に硬直した。
「そういうのはさ……」
「なんだ」
「もっと早く言え! このバカ!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」
「バカだから言ってるんだよ! この駄目エルフ!」
あゆみはエミィの頭を平手でしばいた。
「き、貴様ァ! んんん、
そうして当人達は本気だが、傍から見れば子供の喧嘩のような揉み合いが巻き起こり……そんな事をしているうちに、2人は包囲されていた。
「そこの、手を挙げな」
そう言い放ったのはニュートロンド市警のアウトキャスト――通称・野盗だった。
「サイドアームを捨てろ。魔法の類も使うなよ。フザけた真似をしようものなら即刻殺すぜ」
ニュートロンド市警本部から支給された次世代人のみが扱える『超大型小銃』を向ける彼等を前に為す術も無く、あゆみは腰に据えた1911拳銃とマチェットを地面に放り捨てた。
「おいそこの。エルフも下手な真似するなよ」
(奴等に従って手を挙げる! 早く!)
あゆみに言われてようやく状況を飲み込んだエミィは手を挙げた。
(な、なんだ奴等は? 敵か?)
そうエミィが小言を呟いた瞬間、エミィの足元目掛けて銃弾が撃ち込まれた。
「そこのエルフ! 黙って手を挙げてろ!」
「ひっ」
アウトキャストのひとりが近づいてくる。
「ほーん。『雪夜叉』じゃねえか。なんか騒がしいと思ったらお前の仕業か」
「……ナイトフォールの残党だな。クロエの妹か」
「おっ死んだクロエ姉の仇を討ちたいところだが、交渉次第では見逃してやってもいい。金目のものを出しな」
アウトキャスト達はあゆみと同世代の少女達4人で構成されており、そのリーダーに至っては『雪夜叉』こと星野亜佑美に姉を殺された妹、黒髪のシロメだった。
エミィはこの猛々しい女子供達に悪魔のような恐怖を感じていた。
「金目のものなんて無いけど」
「そこのエルフはなんだ? お前の連れか?」
「そうだよ」
「――そいつで手を打ってやる。エルフは良い値が付く」
「駄目だ。あたしの友人なんだ」
あゆみは銃床で強く殴られた。
「お前、物言える立場か……? アタシは姉貴と違って余計な血が流れるのを好まない主義なんだ。アタシの気が変わらない内にそのエルフを寄越しな」
「うっ……」
「うちのエルジェがエーテルの流動を感じると言って訊かなくてな。それで来てみたらママゴンが大暴れしてるうえに、雪夜叉が得体の知れないエルフを連れている。素人目で見ても只事じゃねえ。お前、何か隠しているな?」
あゆみは俯きながら沈黙を続けた。
「なんとか言ったらどうなんだっ!」
シロメはあゆみが倒れるまで立て続けに殴打を加えた。
「おい……まだ殴られたいか?」
「分かった、分かった……話すよ。そいつは旧東側禁猟区で見つかった魔法少女。あたし、前から魔法少女と友達になってみたかったんだ……」
銃床の強打による鈍い音が虚空に響いた。
シロメはそのあからさまな冗談を許せず、あゆみに更なる制裁を加えたのだった。
「これは姉貴の分……ッ! これはテメーに殺された盟友の分だ! 姉貴はなあ……殺されて当然のクズだったが、アタシの姉貴だった事には変わりねえ! それでもお前を殺さないでおいてやる……何故だか分かるか? アタシの道義、道徳に反するからだ!」
あゆみはシロメの訳の分からない大義名分のもとに殴られ続けた。
「……もうやめて!」
そう叫んだのはエミィではなく、シロメの部下エルジェだった。
エルジェの発声がエミィの声質に似ていた為か、あゆみは誤解した。
エミィ当人は両手を挙げたまま立っていた。
「シロメ、もうその辺にしときなよ……それ以上やったらそいつ死んじゃう。復讐の連鎖は何も生まない、ただただ醜いだけって……あなたが一番よく知ってるじゃない。だからもう、このエルフを貰って帰ろうよ」
エルジェの説得もあって、シロメはあゆみを殴るのを止めた。
「……こんなクズをひとり殺したところで、クロエ姉達が浮かばれる訳じゃねえ。エルジェ、そのエルフのエーテル計測をしろ。道具はあるか?」
「すぐ済ませる」
エミィは終始青ざめていた。
同じくして――殴られ続けて朦朧とする意識の中、あゆみはエルジェの計測器を見て目を疑い、焦燥した。
それはニュートロンド市警の最新鋭機器であり、ほぼ瞬時で計測出来る物と聞いていたからだった。
(エミィ……逃げろ、逃げるんだ。テレポートするんだ、早く……)
あゆみは首を横に振り、必死な視線をエミィに送り続けるしかなかった。
「や、やめろ……やめてくれ、あうっ」
エミィは『エーテル計測』と聞いてまた脱がされる羽目になると思い、嫌がるような素振りを見せたが……脱がされる事もなく、その計器も首に当てるタイプのものであり、計測自体は体温を測るかのように一瞬で済んでしまった。
このように瞬時にエーテル計測が出来てしまっては、無論エミィに逃げる余地なども無く……計測結果を見たエルジェは後ずさりした。
「……シロメ、こいつヤバいよ」
「どういう事だ?」
「確定レベル4以上……詳細計測不能」
アウトキャスト一同は凍りついた。
ニュートロンド市警が採用する計測ルールで『確定レベル4以上』という計測結果は通常、ヒト型には出現しないものであり……それがもしヒト型で出るとしたら、消去法で考えてアノマリー種の『魔神』しかあり得ない結果だったのだ。
――そう理解するに至ったエルジェは静かに口を開いた。
「こいつ、魔神だ」
「エミィ! 今すぐテレポートしろ!」
あゆみは起き上がり、間髪入れずエミィに忠告した。
「えっ……!?」
「早く!!」
そうエミィに伝えた瞬間、銃声が鳴り響いた。
シロメがあゆみの頭部に目掛けて銃撃を加えた為、あゆみの頭は血飛沫と共に半ば砕け散り、その場で息絶えた。
「やっぱりさっきのは無しだ。撤回する。コイツ企んでやがった」
それはシロメ達が所詮野盗と呼ばれる所以だった。
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