エピソード6 エルフのひとりエミィでしょう


「体力温存にはちょうど良い寝巻きではあるが、落ち着かないな……」

エミィは着慣れない寝袋の中で寝付けず、虚空を見上げて呟いた。

「そのうち慣れるよ。温かいでしょ」

「まあ、温かい事には変わりないが……お前のその寝巻きは一体なんだ? 目障り過ぎて眠れやしない……」


そのくすんだ橙色の、何らかのマスコットを模した寝袋はエミィにとって異質でなものであった。

寝袋という形の為か、それはベコベコに殴られてしぼんだような様相をしており、そして揺るぎのない型にはまったような笑顔の模様は、まるでこちらを凝視しているかのようであり……それらのせいもあって、エミィは尚更寝付けずにいた。


「可愛いでしょ。可愛くない?」

あゆみは気に入っているようだった。

「不気味だ。出来ることなら明後日のほうを向いて寝てくれ」

「フッ。この可愛さ、貴様にはまだ分かるまぁい」

あゆみは目前のエルフの口調を真似て、不敵な笑みをこぼした。


「誰の真似のつもりだ……。お前、我を馬鹿にしてるのか?」

「お前じゃない、あたし教官。これでもあんたの上司なんだから」

「はっ、笑わせるな」

くすんだ橙色の寝袋を着込んだ人間が『上司』などと名乗るため、説得力のなさに拍車を掛けていた。

「……まー、名前くらいは覚えてやってもいい。お前、なんという名だ?」

「あゆみ」

「……アユミ?」

「あゆみ。星野亜佑美」

「奇妙奇天烈な名だな。まあ、へりくだってお前を教官などと呼ぶよりは幾分マシだろう。あゆみと呼んでやる」

エミィは今後この地の案内役となる人間の名を覚えるつもりで、譲歩した。


「あたしのお名前を覚えてくれてですわ、エミィ様」

「エヴァレンティアだと言っているだろう」

「エミィエミィ」

「死ね」

互いにそんな小言を交わしながら大氷河の夜は更けていった。



陽も昇り始めた早朝。

呑気に爆睡し続けるあゆみを尻目に、エミィは寝袋姿のまま独り屋外に向かった。

寝袋を脱がずとも歩行可能な代物だが、保温の為に手の自由が利かず、それは黒い袋に包まれたといった容姿であり、エミィはこれを脱ぎ捨てたい気持ちで一杯だった。


「とっととこんなもの脱ぎ捨てねば……おお、陽が差している。晴れたのだな……」

光源が確保出来ると、エミィは寝袋を内から手繰り寄せてファスナーを探した。

屋内の消えかかりの焚き火では目視出来なかったのだ。

「確かこれを……こうだ、これを上に」

陽のおかげでエミィは慣れない寝袋の脱着に成功した。

「やった。さ、寒い」

計画性の無さは相変わらずだったが、夜が明け、吹雪が止んだ事にエミィは僅かながらの喜びを感じていた。


だがそれも束の間。

昨日のひとつ目玉の怪鳥とその連れの複数体が、訝しげに自身をジッと見据えている事にエミィは気付いたのだった。

(昨日の薄気味悪いアホ鳥ではないか)

エミィはこの一晩で、体力とエーテルの回復を実感していた。

そのような裏付けもあり、小手調べのつもりでエミィは怪鳥の群れに近づいていった。

「おい、鳥共。昨日はとんだご挨拶だったな。丸焼きにされに来たのか?」

怪鳥たちはエミィの問いかけに反応せず、ただただジッとエミィを見据えている。

「ほー、いい度胸じゃないか。ならばこれを見ても?」

エミィは威嚇のつもりで炎を作り出し、片手から発火させて見せた。

だが怪鳥たちはさして驚くこともなく、エミィの手で揺らめく炎をその不気味なひとつ目で、瞬きする事なくジーッと見続けている。


エミィは感情はおろか、行動さえ汲み取れない怪鳥たちにカチンと来た。

「ふん、まとめて丸焼きにされたいようだな」

揺らめく炎は火柱と化し、怪鳥たちを火の渦へと飲み込んでゆく。

「グエー」という絵に描いたような断末魔が大氷河の虚空をこだまし、みるみるうちに怪鳥たちは炎に倒れ、丸コゲの焼き鳥と化すばかりであった。


「くっくっくっ……我が魔力、取り戻しつつあるようだ。このまま回復さえ望めるのなら、いずれや完全なる復活も夢では無かろう。今はこの雑魚共を蹴散らす程度の能力しか発揮出来んが、まあ十分だ」

エミィは燃え盛る炎の中で朽ち果ててゆく怪鳥たちを見下ろし、ほくそ笑んでいた。

かつての獄炎の姫として名を馳せたエヴァレンティア当人の威厳を取り戻しつつあったからである。


「エヴァレンティアよ、今は機会を待つのだ。それまではあの案内役の小娘の側に付く素振りを見せ、いずれや反旗を翻し……」

「エミィ、あんた何やってんの!?」

牽制の大声にエミィはぎょっとした。

薄汚れた橙色の寝袋姿のまま、あゆみはエミィを追いかけてきたのだった。

同じくして腕の自由の利かないタイプの寝袋である。


(しまった……! 今の戯言、ヤツに聞かれたか……!?)

エミィは今の漏洩による、今後の復活計画の頓挫を心配していた。

だがあゆみが焦燥する問題は、そっちでは無かったのである。


「あ……あんた、のさ……!?」

「は、はぁ? この薄気味悪い鳥がどうかしたのか」

あゆみは激怒した。

「このバカーーー!! 『古龍』を殺すヤツがあるか!!」

「こ、古龍……?」

エミィはあの鳥のような見た目からして、それらを下等生物だと思い込んでいたばかりに、あゆみの焦燥についていけずにいた。


「なんでよりにもよって敵対性のない古龍を殺すのか! 逃げるよ!」

「は? 何で……」

「母親が怒ってるんだよ! 早いところ逃げないと丸呑みにされちまうぞ!」

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