梅干し
@nakamichiko
梅干
幼い頃から大のおばあちゃん子だった。一緒に住んでいた町は、昔は田んぼばかりの田舎町だったので、美味しいお餅や、手作りのいろいろなものを僕のため、家族のためにとこしらえていた。洋風なものが溢れているせいか、遊びに来た従妹たちも「おばあちゃんのお料理が美味しい」と言っていた。その祖母も年を取り、かなり足が弱って痴ほうも多少出始めたため、施設に入居することになった。
「何か食べたいものない、ばあちゃん? 」
今は一人で暮らしている孫の僕が聞いても、なかなか言葉が出ない。悲しい気持ちでいると
「そうだね・・・梅干しが食べたいね・・・」
と、ぽつりと漏らした。そう言えばばあちゃんは毎年梅干しを漬けていた。とてもすっぱくて、子供の頃は美味しいとは感じなかったが、今になってみると添加物も何もない、ストレートな味だったなと懐かしく思えた。
「じゃあ、作ってこようか、僕が」
「そうかい、じゃあお願いしてみようかね、道具は納屋にあるから」とすぐに返事が返ってきたので一安心した。だが俗に言う「まだらボケ」のような状態であるのは確かだった。
梅の時期が来て、僕は実家で梅を漬けることにした。代々農家で、兄夫婦がそれを継いで、両親と一緒に暮らしている。そして家には二年前に僕にとって甥っ子、ばあちゃんにとってはひ孫が生まれた。
「小さい頃のあんたそっくり! 」確かに写真で見た自分の幼い頃そっくりで、遺伝子というものの凄さを感じさせられることだった。丁度二歳前、動き回り言葉もたどたどしく出てかわいい盛り。だが作業をしに来た僕にはちょっと邪魔な存在だった。とにかく僕のスマホをいじりたがる、そういう年齢なので
「スマホはこの子の手の届かない高い所にあげておく方がいい。それに塩漬けするんだったら、納屋にもっていかない方がいいよ」と母に言われたので、作業工程を詳しく紙に書いて納屋へ持っていくことにした。
大きな納屋はきちんと片付けられており、古くなった漬物用の樽などは処分していて、比較的きれいなものばかりだった。ネットで調べてみたが、案外梅干しづくりは簡単なものだった。容器を熱湯や焼酎などで消毒し、梅を洗って少し乾かしヘタを取る。そして重しをして塩漬けして、梅酢が上がってきたら重しを半分にする。道具もすべてそろっていたので思ったより早く作業が進んでいたが、あともう少しで終わろうというとき、僕そっくりの小悪魔がやってきた。
「おじ・・・ちゃん・・・おじ・・・ちゃん」
「ああ、ダメだよ、危ない、重しなんだから」何故か重いものを持とうとする。
だがまるで自分の陣地であるかのように(住んでいるので当然なのだが)納屋の中のものを触りまくった。
「駄目だよ、フタも消毒してあるんだ」と言ってもわかるはずもないので
「ヒー、バーバーのためだから」
と僕はゆっくりと言った。するとその言葉が気に入ったのだろうか、そのあと
「ヒー、バーバー? 」と言っては僕の顔を見る。
「そう」
「ヒー、バーバー? 」
「そう」
「ヒー、バーバー?」
「そう」
鍬も、シャベルも、ロープの束も全部そう答えたので、
「それは面白い冗談」と言わんばかりに上機嫌になった。でも時々危険なこともしようとするので慌てて止めていたら、兄嫁が「ごめんなさいね」とやってきて無理やり連れて行ってしまった。
「いやー! 」
その時小さな僕が母親の手の中でもがくようにしていたのが、可哀そうに思えて、作業を終えた後一緒にお菓子を買いに行った。
一人の家に帰って
「あれ、紙とペンどこにやったっけ」
と思ったが
「ああ、納屋に置きっぱなしにしてしまったんだろうな」とあまり気にせずにいた。そして一週間が過ぎた。
本当はまめに塩漬けした梅から梅酢が上がっているのを確認しなければならないのだが、仕事のために実家には行けなかった。農作業のちょうど忙しい時期なので、頼むこともせず、自分で様子を見に行った。
恐る恐るフタを開けてみるとそこには食べ物でないものがあった。
「紙とペン・・・」
それが重しの上に載っていて、紙の一部分はちょっとだけ梅酢に漬かっていたが、その付近から黒いものが見えた。慌ててペンと紙、重し、落し蓋をのけると、見えたのは「失敗の例」の典型のような、上に浮いた白いカビと、梅についた黒カビ。本当はひたひたにていなければいけないはずの梅酢が、重しをのけたとたん、ぐっと減ってしまっていたた。
「ああ・・・どうしよう・・・」この大失敗をどうにかしたかったが、
祖母の面会時間が迫っていたので、そちらに行くことにした。
「あのね・・・ばあちゃん・・・」
と何も話さないよりはいいかなと思って、さっき見たことを話した。すると何かきらりとばあちゃんの目が光った。
「あんた・・・塩加減はどうしたね」
「え? ネットで調べた通りにしたよ」
「その人はどこの人かね」
「どこの人? どこだったっけ? ちゃんと載ってなかったような。でもそれが関係ある? 」
「大ありだよ、地域によって塩加減が違うんだよ。日本は南北に長いだろう? 寒い所は塩が少なくても大丈夫というところもある。梅干しは古くから日本にあるから、その土地その土地でしっかりとした差もできているんだよ」
「そうなんだ・・・しらなかった」久々に理路整然としたばあちゃんの言葉を、声を聞いたのでうれしくなって
「あのね、ばあちゃん面白いことがあったんだよ」と例の紙とペンのことを話した。
「ハハハ! そうかね! お前によく似ているね! 」
「僕がみんなヒーバーバーのヒーバーバーのって言うから、あの子としては気を利かして梅の桶に入れたんだろうね、重しの上にちゃんと載っていたから」
「ハハハハハ、やることが可愛いね。梅酢が浸かっていなかったからなおさら良かったじゃないか。カビてもまだ何とかなるだろうから」とばあちゃんはそのあとカビの生えた梅干しの救済方法を伝授してくれた。
僕の初めて作った梅干しは何とか食べられるものになって
「まあ・・・ギリギリ合格かね」
とばあちゃんは厳しいことも言うようになった。
あれからばあちゃんは「生まれ変わった」ように生き生きしている。今までの梅干しの経験や、他のもろもろの事を「書く」ようになったという。そうするとまだらボケの症状も良くなって、話もとてもスムーズになった。施設の人も驚いている。
僕は来年も梅を漬けるつもりだ。
でも次はあの子にも少しちゃんとしたお手伝いをしてもらおうかと思っている。
梅干し @nakamichiko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます