紙とペンと予告状?

PeaXe

護るべきもの


『 拝啓 探偵諸君! 』


 なんて挨拶から始まり、無駄に流麗な文字でふざけた口調の内容が書かれたそれ。

 所謂、予告状。或いは挑戦状とも呼べる物が、1人の探偵に送りつけられた。


 それはただいま世間を賑わせている怪盗から贈られた『参加資格』である。


 何の参加資格かって?


「それにしても、何故君のような若造が探偵協会にいるのやら……」

「しかもガキじゃねぇか。たしか協会に入ったばっかだったけか?」

「私は、こんな実績も何も無い新人に予告状が送りつけられた理由が知りたいですねぇ」

「それは全員だろう? ここにいるのは全員彼の者から予告状を送られた事のある者達。だからこそ『怪盗ミランファス』対策本部を立ち上げたのだ。彼が新人だからといって、条件をクリアしているのに、この場に置かないのは主義に反する」


 探偵協会――

 世界中のありとあらゆる探偵が所属する、探偵同士のコミュニティ。

 そして、探偵の派遣所。


 そんな探偵協会本部の一室には、ベテランも顔を真っ青にするほどの大ベテランばかりが集っていた。

 部屋の名称としては談話室、のはずだが、彼等の貫禄が会議室、あるいは裁判場のような刺々しくも重苦しい空気を作り出す。


 そんな偉大な先輩に囲まれている、一人の少年がいた。


 ついさっき、探偵協会に登録したばかりの少年だ。

 探偵協会に入るには、ある程度知識が必要である。そのため定期的に入会テストが実施され、それが解ければ子供でも入れる。

 とはいえ。

 そんな新人にまで、予告状が送られたなんて事は、これまでに無かった。


 世間を賑わす怪盗ミランファス……。

 その素性は全くの不明。

 名前から始まり、性別、年齢、髪の色まで全て毎回変えているのだ。

 服装も女性とも男性ともつかないピエロっぽいものというだけで、色が毎回微妙に違うわ髪形は変えるわ性格すらもまちまちだわ。一貫した特徴が何一つ無い。


 分かっている事と言えば、ベテランや超ベテランの探偵あるいは警察に、しこたま悪口と盗む物、盗む月日に何時何分まで事細かに説明した上で悪口にて締める、超が付くほど悪質な予告状を送り付けて来る事。


 そんな予告状が、今回に限って新人探偵に送られた。


 探偵協会の入会テストに平均点で合格し、まだ登録し終わってから3時間。

 既に帰宅していたにも拘らず、いや、帰宅してみたポストの中に予告状が入っていたからこそ、本部へと戻ってきたのだ。


 新人探偵フェリは内心で溜め息をつく。

 先祖代々受け継ぐサラサラのプラチナブロンド。ブラックダイアモンドのような美しい瞳は、整った顔立ちによく映えた。

 しかし本人はそれを隠すように深緑の帽子を被っており、それがまた少年期特有の儚さを増長させている。


 何故よりにもよって自分なのか! 山のてっぺんで満天の星空に向かい、神様に恨みを孕んだ絶叫を浴びせたかった。

 そりゃあ世間様に周知された大怪盗とも呼べるミランファスとは、いずれ戦ってみたいと考えていた。

 もちろん頭脳戦で。

 だがそれもいずれの話。自分がベテランになる頃には捕まっているだろう、とか。自分じゃ敵わないだろう、とか。色々無理な点があからさまにあったわけで。

 まさか、正式に探偵と認められて3時間でそんな最上級にして最高級のステージに招待されるとは……。


 一癖も二癖もあるベテラン探偵達を纏めるこの場のリーダー。白鹿などという無駄にカッコイイ異名を持つ青年、ビーニアは、稀に見る優等生である。

 口調はいたって偉そうであるが、柔らかな物腰が偉そうに見せないのだ。


 とはいえやはりベテラン。新人も新人であるフェリは、彼が自然と漏らす気迫に完全に縮こまっていた。


「フェリ君、予告状を読み上げてくれ」

「あ、はい」


 怪盗ミランファスは、予告状を2通作成し一方を探偵。もう一方を警察に送る。

 ビーニアの元には、この中で唯一、3通も送られていた。その分、怪盗からの悪口なんかも誰より見るはめになっている。


 フェリは慌てて予告状を取り出した。


『 拝啓 探偵諸君! 』


 やぁやぁ新人君、初めまして! ベテランの中で唯一、ヒヨヒヨのヒヨっことして私と戦う気持ちはどうかな? といっても私はその場にいないわけだから、何を言っても聞き流すしかないのだけれどもね! 思わず言っちゃった? ププー、恥ずかしいのー!

 さて、恒例の悪口もここまでにして。今回盗むのは「今この世で最も珍しいもの」さ。それは何かって? 君達がよぉく知るものだから、一生懸命守りなよ!

 時刻は○月×日深夜0時になった瞬間さ。そしてお祝いの花火を盛大に上げなければならないから大忙しだよ!


 PS.

 今回成功した場合、私は怪盗をやめます。あしからず。

 あ、これ嘘じゃないよ? 本当だよ? 私はからかうのはとてもとても好きだけれど、うそはこの世で最も嫌いなのだ! 嘘だけれどねー!』


 ……ある意味衝撃的な言葉の数々に、一同は唖然とする。

 まず、今回盗む物が明確化されていない事や、成功した場合怪盗を辞めるなど。

 いつもの奴と同じ筆跡であるため、偽物ではない。だが、不自然というより妙な点だけが異様に目立つ。


 ……結局、対策も何も取れず、指定された日時が来てしまった。






 *◆*







 多くの警察が、珍しいものと言われて思いつくものを個々に守っている。

 情報が少なすぎるために、警備は十全とは全く言えなかった。

 そんな中、探偵の多くは新人フェリの傍にいた。


「あのぅ、皆さんはどこかを守りに行くとかは、無いのですか?」


 フェリとしてはありがたい事に、たくさんの先輩の雄姿を見られるのだが。

 彼等が新人であるフェリの傍にいるメリットは無い。

 むしろお荷物であるフェリの傍にいると、いざという時人質にでも取られかねない。

 それが申し訳なくて、フェリはずっと俯いたままだ。


 そんなフェリに、ビーニアは優しく微笑みかけた。


「確かに、物に限定すれば今最も珍しいものは溢れている」

「そうですねぇ。宝石に壷に絵画。珍しいという点で言えば、一点物は溢れていますぅ」


 間延びした喋り方の、貴婦人探偵ことラブラビはフェリに笑いかけた。

 落ち着いた雰囲気の女性だ。


「ですが、予告状には『物』ではなく『もの』と書かれていましたぁ」

「ああ。という事は、命無き美術品だけがターゲットではない、という事。そしてもし、静物ではなく生物が今宵盗まれる宝だったとするならば……」


 ビーニア。そしてそれ以外の探偵達が一斉にフェリへ視線を集める。

 一気に突き刺さった視線に、フェリは悪寒を覚えた。


「薄々考えていたのではないかな、新人探偵フェリ。―― 今宵のターゲットは、君なのではないか、と」

「……」

「君はそれを知っている。何故なら予告状の入っていた封筒には、ちょうど予告状の厚紙が2枚も入るほどの隙間があった」


 しかしフェリが読み上げたのは1枚。もう1枚の内容が気になるのは当然だった。


 フェリは何故だかホッとしたように、予告状の封筒を取り出す。


『 新人探偵フェリ殿へ 』


 吃驚したかい?

 してくれたら嬉しいなぁ。


 今最も好奇の眼差しに当てられている君に朗報だ。私は君が持つ素晴らしい才能を知っている。その才能を私が、そう、この私が手に入れられたなら、おそらく私は怪盗を辞めざるを得ないだろう。

 そして私はそれを望んでいない。

 君と戦ってみたいが故に、今回私は本気で君を手に入れようと画策する。

 見事、止めてみせたまえ!

 ああ、もちろん、この手紙は誰かに見せろといわれるまで見せてはいけないよ? 見せれば遠慮なく『水晶の女神像』は戴くから、そのつもりでね!』


「水晶の女神像、だって?」

「うぅ。僕の、僕の宝物です。昔ある人からもらった、本人曰く安物なのですが」

「……ほぉう」

「とりあえず、貴方を守りきれば、こちらの勝ちなのよねぇ。どうしましょぉ?」


 のんびりとしたラブラビの言葉に、一同が緊張を取り戻した。


「それにしても、この内容は何だ。まるで、そう、ラブレターではないか」

「ら、ぶっ?!」

「人の恋路に手は出したくないですねぇ……でも、それは探偵の性が許しませぇん」

「全力で守らせてもらおう、フェリ少年」

「あ、は、はぃい?!」


 ……結果を言おう。


 この日、初めて、怪盗ミランファスは宝を盗むのに失敗した。

 しかして満足そうに去っていくその姿に、探偵達は不満を露にする。


「いやぁ、怪盗からものを盗むなんて芸当、誰にも出来ないだろうね」

「僕も驚きました。まさか『水晶の女神像』が、第一の被害にあった宝だったなんて」

「あー……そちらではないのだけれどもね。まぁ君はそのまま、育ってくれたまえ」

「? はい!」


 件をきっかけに、それからは毎回、フェリにラブレター紛いの予告状が来る事となる。

 ビーニアはその処理を円滑に進めるため、フェリを自身の探偵社へと招きいれた。


 現在、探偵修行中である。


 が。


「でもまさか―― 僕の従兄妹が世間を賑わす怪盗だったとは。2年前に会った時は気付きませんでしたよ。あ、この事件は解決しておきました!」

「ああ、ありが……うん。この手の犯罪集がする事件は関わらない方がいい」

「え、でも」

「君は老若男女問わず好かれる傾向にある。だからミランファスも強引に確保に動いたのだろうが……」

「はい?」


 最後の方は、聞こえなかった。

 聞いてほしくなかった。


 この、怪盗の心をも惑わし、惹き付ける、不思議な探偵には。


 元天才児は考える。


 これから面白くなりそうだ――


 と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紙とペンと予告状? PeaXe @peaxe-wing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ