紙神の集い
龍輪龍
薄っぺらな神々
あるところにできの悪い男がおりました。
本人は気にせず、ひがんだところもないので、周りからは好かれておりました。
できの悪い子ほど可愛い、と昔から申します。
ところが3浪もして素知らぬ顔でおりますと、身内もいよいよ険を帯びてきました。
「こいつひょっとしてマジのイカレなのでは?」と。
男は観念してペンを執りました。
さて、お勉強。
赤本を開けば、ぐおうぐおうと押し寄せてくる活字の洪水。
目が回ってバタンキュー。
ぐおう、といびきをかき始めました。
◇
「やい、人間! 起きろ!」
バシバシ叩かれて目を覚ましますと、人だかり。
珍奇な衣装の美少女ばかり。
アイドルかと思いましたが、見知った顔はありません。
「なんだいなんだい、雁首揃えて、ひい、ふう、みい。いっぱいだ。――人捕まえて『やい、人間』とは。そりゃあ、あんた、化け物の挨拶だよ」
「いかにもワシらは人ではない」「化け物なぞと一緒にするな」「我らは神ぞ」
口々に答えました。
「へぇ、神様。さてはあれだな? 初参りに賽銭ケチったもんだから文句言いに来やがったな? けど俺ァびた一文出さないからね。御利益なかったんだから」
男はあぐらをかいて居直ります。
神々は驚きました。
「なんじゃこいつ」「大物なのか阿呆なのか」「我らが恐ろしくないのか?」
「今更何が怖いってんだ。二度も落第した男だぞ、俺は」
「阿呆の方か」
「用が済んだら帰してくんな。勉強しなけりゃ、おまんま抜きだ」
「帰りたいんですか?」
メイドが抱き付いてきました。
やおらに力を掛けられて押し倒されます。
手を誘われ豊満な胸へ。
マシュマロのようなそれを、ほにゅりほにゅり。無理やり揉まされます。
「帰りたいんでしたら、
はぁはぁ、と息を荒げるメイド。
その頭がスパンッと叩かれました。
「やめんか! 破廉恥メイド!」
「そうじゃそうじゃ! 抜け駆けはいかんぞ!」
メイドが引き剥がされました。
入れ替わり立ち替わり、着物の少女が耳打ちします。
「お主。億万長者になりたくないかや?」
「は?」
「金さえあれば何でも手に入る。受験も必要ない。――たった一言、『紙幣こそ最も優れたカミ』と。そう認めよ。さすれば世界一の富豪にしてやろう」
耳の奥まで届く囁き。
身も心もゾクゾクと震え、訳も分からず言いなりに……。
「ちょっと! 抜け駆けやめてください!」
メイドが着物に掴みかかりました。
「お主が先じゃろが!」「ああでもしないと成り上がれないんですぅ!」「はっ、下級神に相応しい下品な手じゃな!」「紙幣様ほどじゃありません!」「なんじゃと!?」
取っ組み合いの喧嘩です。
互いの服が乱れるのも構わずに。
「身の程をわきまえよ! 使い捨ての分際で!」「あなたこそ。紙幣のくせに胸パッドなんて。目方を偽るのは詐欺じゃないんですか?」「なぁ!? もぐぞ、ウシチチ!」
醜い争いを尻目に占い師が寄ってきました。
「誘惑に良く耐えた。出所の分からないお金は、諍いの元。……その点、宝くじは良い。間違いなくあなたのお金になる。『当たりくじこそ、
「抜け駆け禁止!」「卑怯じゃ、賄賂なぞ!」
二人に捕まる占い師。
あれよあれよとローブを剥かれてしまいます。
その隙に、また別の者が。
「汝を知っておるぞ、赤点王。我を恐れぬ不遜な男よ。その為に苦労しておることもな。……いまこそ宗旨替えせよ。『テストのカミこそ最恐』とな。さすれば今後全ての試験で満点を取らせてやろう」
「いやいや。そんな手間は全く不要。汝はどこを受験する? 東大か? ハーバードか? あらゆる学府の博士号を授けてやろう。この『
他の三人に引き剥がされ、以下繰り返し。
「やめやめ! やめーい!」
トゥニカの少女が叫びました。
「買収禁止っ! 誘惑も禁止! 彼には純粋に選んでもらいます!」
ぴた、と静まりかえる場内。
男だけが頬を掻きました。
「選ぶって、何を?」
「――この中から『最も優れたカミ』を」
「あんたら一体何なんだ?」
「私達は、紙の神」
そしてここは
十年に一度、
開催中、世界から紙が消えます。
オイルショックや大恐慌、或いは焚き書などで。
そうして人々がカミを求める頃合いを見て「そろそろ帰ってやるか」とお開きになるのが恒例の流れでした。
しかし今年は様子が違う。
誰かがふと言ったのです。言ってしまったのです。
「一番すごいカミって誰なの?」と。
それを言ったら戦争です。
サイフの中や本棚で仲良くくっついている紙々ですが、心の中では「自分こそ一番」と思っていました。
議論は際限なく白熱し、誰も帰ろうとしないのです。
「このままでは人類は滅亡です。未曾有の大恐慌によって」
「なんて迷惑な話だ」
「協議の末、ヒトの代表に委ねることにしました」
「それがどうして俺なんだ?」
「深い意味はありません。無作為に選ばれました」
「……ところであんたは何のカミ?」
「投票券です。――そう、市民が勝ち取った血と汗の結晶! 投票券! 一票に篭められた想いが、皆を導く道標! 民主主義万歳! 多数決こそ
あ、こいつもまともじゃねぇや。
別のカミを探すことにしました。
「最優のカミとは、やはりこの妾。紙幣様であろうがよ。1gで1万円。価値は純金の倍以上。これを超えるカミはあるまいて」
「あら。時代は電子マネーですよ? 百年後にはどうなっているんでしょうねぇ?」
「紙皿! また邪魔を!」
「重要なのは使用頻度ですよ。アメリカでは毎食使われていますからね、私」
「……使用頻度なら、私が一番」
ミイラ娘が割って入りました。
包帯ではなく『トイレットペーパー』。
「うんちしない人間は、いない」
「お主っ、少しはボカせ!」「下品ですよ!」
「……通貨に付いた雑菌は、便器以上」
「ふぁっ!?」「うわぁ、エンガチョ!」
下品な連中にエンガチョし、知的な神々に話しかけます。
「年月を超えて褪せぬ想いを運ぶもの。それがカミ。故に大事なのは何が書かれているか、よ」
「全く同感だわ。だから『小説』が一番なの」
「いいえ。『恋文』よ」「え。『日記』の話じゃないの?」
「『研究論文』でしょ。知識と情熱の蓄積こそ――」
「重要なのは情報量。つまり『辞書』」「絵が付いてる分、『図鑑』のが強い」
「そんな量産品より一品物の『アルバム』のが、想いは強い」
「アルバムなんてただの記録さ。『ロケットに入った婚約者の写真』より切ないものがあるか?」
「やめろ」「出たな、死亡フラグ」「大量殺人鬼」
「なんだお前ら、やんのか? オレに敵うとでも」
アルバムは鈍器になりました。確かに強い。
「あたしっスよ、一番強いのは」
紙の『ペーパーナイフ』を掲げる女。周囲の紙々は震え上がりました。
そこへ投擲される『トランプ』を、返り討ち。
投げたマジシャンが拍手を送りました。
「おみごと♤ ……けど、ボクの弾数は52枚。全ては捌ききれないよね♢」
「試してみるッスか?」
流血沙汰も辞さない戦闘。
騎士が割って入り、両者の攻撃を受け止めます。
「やめておけ。一番強いのはどちらでもない。この私だ」
「キミは?」
「『繊維強化プラスチック』」
「……それ紙なんスか?」
紙の定義すら曖昧に。
男が匙を投げたその時、紙幣が悲鳴を上げました。
「奴らが! 奴らが攻めて来おった!」
襖を蹴破って雪崩れ込む
諸神が青ざめ逃げ惑います。
草食獣は天敵中の天敵。
神々は怯え、部屋の片隅で一塊になりました。
「いつまで遊んでいるのです。人の世を放置して」
群れから歩み出たユニコーンが、鋭い口調で言いました。
「もう帰る。解散する。許してくりゃれ」
「……あなたですか? 責任者は」
視線に
「責任者を出しなさい。落とし前を付けてもらいます」
「お、落とし前とは……?」
「喰います」
「ひぃっ」と悲鳴が揃いました。
「誰です? 一番偉いのは」
皆、口を噤みます。
「出てこないなら全員喰います」
「し、紙幣様です! 自分が一番と威張り散らしていました!」
「紙皿テメェ! 違う、妾じゃない! 最古参は『パピルス』じゃ!」
「わ、私、厳密には紙じゃないし。長老は『
「うぇぇ!? よく言うアル! いつも長老面しくさる癖に!」
擦り付け合い。
ユニコーンが詰め寄ると、神々は助けを求めるように男を見ました。
お前が決めろ、と訴えかけてきます。
「一番は……」
皆、息を呑みます。
「『白紙』だ」
「……白紙?」
「最も可能性を秘めている。何にでも成れるカミだ」
「なるほど。では白紙のカミ。立ちなさい」
ユニコーンの呼び掛け。しかし誰も動きません。
「居ないではないですか」
「違う。もう立ってる」
訝しむ馬。
「こやつは、いつも0点を取って飄々としてた。ついた渾名が赤点王。またの名を――『白紙の神』」
「……では、自分を犠牲に皆を守ろうというのですか」
「一番を決めなかった俺にも、責任がある」
「良い覚悟です」
ガブリ。
男は噛み付かれ、そして離されました。
「その気骨に免じて、今回は許しましょう。……今後はしっかり皆を束ねるのですよ」
ユニコーン達は引き上げてきました。
次いで、わぁっと泣きついてくる少女達。
「王様」と呼ぶ声に揉まれ、意識が遠退いていきました。
◇
目覚めれば机の上。ノートは真っ白。
「どう? 勉強捗った?」
部屋に入るなりそう訊ねる御仏は、『白紙』を見た途端、鬼になるでしょう。
「まぁまぁだな」
「ちょっと見せて」
「わぁっ、やめろ!」
隠すより先に取り上げられます。
検分されれば、ご飯抜き。
仏の顔は見る間に険しく――なりません。
「よく書けてるね」
ノートには覚えのない記述がびっしりと。
首を傾げる男の肩には、馬の噛み痕がありました。
紙神の集い 龍輪龍 @tatuwa_ryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます