紙とペンと謎と。

雪波 希音

紙とペンと謎と。

 うちの高校には、クイズ研究会というものがある。


「……あ。やっぱりもうクイズ作ってる」


 部室のドアを開けた私は、思わず呆れ声を出した。


 室内中央にある大きめの長机。その両サイドに二つずつ置かれているパイプ椅子のうち、入口から一番遠いそれに座って紙にペンを走らせていた人物が私を見て笑う。


「よぉ架純かすみ!」


「……いつもだけど凌空りく、早すぎ。掃除終わって教室戻ったら既に席からカバンなくなってたし」


 ため息をついて、凌空の隣のパイプ椅子に座る。


「新しいクイズ思いついたんだよ!教室で書いてもよかったけど、ここで完成させたらすぐ解いてもらえるだろ?だから……。なんか用でもあったのか?」


「……別に、ないけど」


「?」


 頬杖をついてふい、と目を逸らせば、不思議そうに首を傾げる凌空。


 その時、ドアノブが回る音がした。


「よ!二人とも」


「よーっす」


 二人の人物が姿を現す。


「よぉ!」


「やっほーまさ、悠心」


 悠心ゆうしんがスタスタと歩いてきて私の向かいに腰掛け、まさは丁寧にドアを閉めて、凌空の向かいに腰掛けた。


 ――今日も欠席なし、と。



 クイズ研究会は私たち四人だけの小さな部活動だ。


 活動内容はオリジナルのクイズを作ったり、既存の様々なクイズを解いたり、……という感じ。


 男子三人に女子一人だけど、特に気まずいことはない。


 まぁ、入った理由が……うん。


「これもうちょいで完成するから解いてくんね?結構よくできたと思うんだよな!」


「おけ」


「凌空はすげぇな」


 悠心、まさが答えるのを聞きつつ胸の内で呟く。


 凌空と一緒にいられるから、だし、気まずくなっても別に――


「ん?なんだ?」


 無意識に見つめていたようで、凌空がこちらを向いて不思議そうな顔をした。


「っ……ご、めん、ぼーっとしてた」


 あはは、と笑えば凌空は簡単に納得して、クイズの続きを綴っていってしまう。


 ……本当に、気付いてないんだろうか。


 まさと悠心にはとっくにバレているのに。


「っし!できた!」


「じゃ、それ借りるなー。解こうぜまさ、架純」


「オーケー」


「うん!」


 呼びかけてくれた悠心のそばに移動し、私たち三人は凌空の作ったクイズを解き始めた。




 ◇◆◇




 ふと窓の外を見て、私は思わず声を上げた。


「わ、いつの間にこんな暗くなってる!さっきまで明るかったのに!」


 その言葉に反応して、みんながそれぞれに顔を上げて外を見た。


「あー、最近日が落ちるの早くなってきたよな」


 悠心がクイズ雑誌を閉じ、机に置いて言った。


「でもさ、まだ六時前だよ?去年のこの時期ってここまで暗くならなかった気がするんだけど」


「なんだ。怖いのか?」


「怖くないよ!ただ、変だなぁって」


 凌空に軽く首を振って否定しながら、私は再び窓の外を見やった。


 日付で見ればまだ初秋なのに、もう冬みたいに寒い。だんだん「異常気象」の“異常”の基準が底上げされていっているのを日々感じる。


 非日常が日常へ変わって――そのうち地球が滅んでしまいそうで、なんだか不安になる。


「……凌空って途中まで架純と一緒に帰ってんだよな?」


 不意にまさがそう口にした。


 え、と思うと同時、胸が期待に高鳴る。


「ああ!俺がクイズ思いついて部室に残らない限りはな。それがどうした?」


「いや――家まで送ってやればいいのにって思って。お前チャリ通だろ。架純を送ってってもそんなに時間変わらないんじゃねぇか?」


 ナイスううう!!そうだよ、いつも凌空信号のとこであっさり別れるけどあそこから私の家って徒歩五分なんだよ!!どうせなら送ってほしいって思ってたの!!でも自分から言うのは図々しいから……ありがとうまさ!!


 心の中では全力で喜びながら表情は平静を装い、凌空の返答を待つ。


 ――凌空と、目が合った。


 反射的に逸らしてしまいそうになって、けれど、これはチャンスだと自分を奮い立たせ、ニコッと笑顔で言った。


「送ってよ!凌空の迷惑にならないなら。一人より二人の方が楽しいしさ」


 凌空の唇はなかなか動かなかった。


 心臓が壊れそうなほど波打つ。早く、と急かしたい気持ちと、断る理由を考えてるんじゃ、という不安な気持ちが綯い交ぜになって押し寄せてくる。


 凌空の答えは――


「……んー、悪い、ちょっとそれはやめとく。今日、家で妹が待ってんだよな」


「……そっか。りょーかい!じゃ、いつものとこまで一緒に帰ろ!」


「おー」


 笑いかければ、笑みを返してくれる凌空。



 凌空は気付いているのだろうか。とたまに思うけれど、多分違う。


 ただ「女子」に一線を引いている……そんな風に感じる。


 ――私がその線を越えようとしていることになんて、凌空は気付かない。その可能性を考えようともしない。


 誰かと恋愛する気がないんだ。単純に。



 ……それが一番残酷だってことも、凌空は知らない。




 ◇◆◇




 一週間後の放課後。


(ん?)


 部室に一番乗りした凌空は、机の上に紙が置いてあることに気付いた。


 手に取ってみて、ハッと目を見開く。


「これ……クイズ!?」


 しかも明らかに手書きだった。誰の字かは、すぐに分かった。


 だから尚更謎が深まった。


(なんであいつがこんな……)


 顎に手を当てて考えたが、すぐにやめた。クイズを解けば分かるような気がしたのだ。


 いつもの場所に座って、右手にペンを持ち、白い紙に書かれた文字を目で追う。


【???に入る言葉を答えよ。ただし、無表記はない】

 4365……イルカ

 143297……アイコトバ

 243……???


(これ……数字が文字を表すやつか。「イルカ」が『4365』で、「アイコトバ」が『143297』……二つに共通しているのが「イ」か。んで、それが……『43』かな)


『43』と他の数字の間に斜線を引き、区別する。


(一文字を二つの数字で表してるってことは、必ずしも一つの数字に一つの文字ではない。けど問題文に【無表記はない】ってあるから……抽象的だなこれ。まぁ多分、俺の解釈で合ってるから、数字の数から考えて、「イ」以外は一つの数字につき一つの文字を表していると見ていい)


 数字の間に斜線を入れ、『43/6/5』というように文字ごとに数字を分けていく。


(『???』に対応する数字は『243』で、これとかぶってるのは「アイコトバ」の『432』の部分……てことは)


 ――「コイ」、か。


「…………」


(鯉?)


 あいつ、、、が何を伝えたいのか、ますます分からなくなった。


「まぁ次いくか」


 解き終わった紙を後ろにまわし、新たな問題用紙を上に出させる。


 次の問題は――


【次の言葉は何を表す?】

 ばけのきこづか


(……アナグラムだな。なんだこれ…………一回全部書くか)


「ばけのきこづか」と空いたスペースに書き、シャーペンの後ろで文字をつつきながら脳内で並び替えていく。


(ばけ、ばの、ばき……ばか?ばかの……いや、ばかのこ……?けきづ……きづけ。――ああ、)


「このばかきづけ」だな。


「……何に?」


 首を傾げて、けれど結論を導こうとはせず、紙を後ろにまわす。


 どうやらこれが最後のクイズらしかった。


【最終問題。次の漢字を直せ】

 女子幾


(直せ……?直せってなんだ?じょしき……いや、“直せ”だからそのまま読んじゃダメか。……そういや、「幾」ってひらがなの『き』の元なんだっけ。だとしたら、「女子」は……)


「!!」


 解答こたえにたどり着いた瞬間、凌空は弾かれたように立ち上がった。


「っ、けど、場所が……どこだ……!?」


 今までのクイズに何かヒントはなかったかと、問題文、解答を見返してみる。


 すると、最後の紙の右下に、違和感を覚えた。


(なんか書いてある……?)


 しかしそこは何も文字はなく、真っ白だった。


 もしかして――。


 凌空はシャーペンを取り、斜めに持って真っ白なスペースを黒く塗りつぶしてみた。


 思った通り、文字が浮き上がる。


“3年5組”


(そういえば今日、三年は午前中で帰ったんだっけか……!)


「よーっす。あれ?凌空だけ……おわっ」


 中に入ろうとした悠心を押しのけるようにして凌空は部室から飛び出した。


 階段を駆け下りる後ろ姿をぽかんと見送り、悠心は後ろを振り返ってまさに問いかける。


「あいつどーしたの?」


「さぁ……なんかあったんだろ。架純が来てないから、関係してそうだな」


「へぇ。うまくいくといいな」


「本当にな」


 二人は笑みを浮かべて、並んで部室へ入り、ドアを閉めた。




 ◇◆◇




 3年5組に行くと、ドアは開いていた。


「架純……」


 一番後ろの窓に寄りかかって立つ少女の名を呼ぶ。


 少女は俯いていた顔をゆっくりと上げ、凌空と目を合わせた。


「……解いた?」


「ああ。すげーありきたりなやつばっかだったな」


「っしょうがないじゃん!あれでも……一生懸命、考えて……」


 だんだんと泣きそうな声になる。


 この涙は自分のせいなのだと、凌空は理解していた。


 だから――架純の前に歩み寄って、頭を下げた。


「ごめん、なんか……薄々気付いてたけど、その……なんで俺なのかって、わからなくて、確信持てなくて。でも意識してしまって、なんとなく避けてた。ごめん」


 架純が小さく息を呑んだ。勘づかれていたことを初めて知って、驚いたのだ。


 まだ頭を上げない自らの想い人を見て、架純は静かに語り出した。


「二年の始めにさ、新しいクラスで緊張してた時、凌空が話しかけてくれたの。凌空は憶えてないかもしれないけど……クイズやらないかって、俺が作ったんだって、笑顔で。……変な人だと思ったけど、すごく嬉しかった」


凌空が顔を上げた。すぐ前にいる、架純の赤い顔が瞳に映った。


やけに素直で、恥ずかしそうな、クラスメイト以外の何者でもなかった彼女。


――今、少し“可愛い”と思った。


「なに笑ってんの」


「いや。――ごめん。俺、付き合うとか絶対めんどくさいしいいやって思ってたんだよな」


「……うん」


 分かっていたかのように言って、架純が目を伏せる。


 そんな彼女に、まるで安心しろと言うように、凌空は温かく、優しく微笑んだ。


「けど、……これからはお前のこと、そういう風に見てみるよ」



――それから二人がどうなったかは、るみぞしみのか。

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紙とペンと謎と。 雪波 希音 @noa_yukiha

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