かけだし商人が手にしたもの
おさるなもんきち
不思議な万年筆と紙を拾ったから
「今日からこれはおめーのもんだ、大事にとっておけよ!」
そう言われて持たされたモノのは、貴族様が使うような高級そうな万年筆と、豪華な表紙がついた白い紙の束。
先日、積み荷の確認をしている時、荷台の脇に落ちていたのを拾って届けたものが戻ってきたんだけど、正直とっても戸惑ってる。
田舎から出てきて商人の見習いとして、朝から晩までお使いで駆けずり回ってる僕が、こんなに高級そうな万年筆と紙なんか持っててもねぇ。
豚に真珠、ゴブリンにネックレス、なんて言われちゃうだろ?身分不相応なんだよね。本当に。
まだまだ自分で商品を売ることもできない、こんな下っ端商人が、こんな高級そうなのを気軽に使うなんて…とても考えられないよ。
色々考えて 先輩商人に渡そうとしたけど
「縁があってお前のところに来たんだ、使ってやれよ! それにお前がもらったものを俺が使ってたら、お前から巻き上げたみたいで俺かっこ悪いじゃん!」
なんて言われちゃったから、誰にも渡せなくなっちゃった。
でも先輩の言ってるのも一理あるなーって思って、将来、僕が少しでも偉くなってこの万年筆と紙を使えるようになるまで、大事にとっておこうと思ってさ、僕が使ってる大事な鞄の中に大事に保管しておこうと思ったんだ。
そんなある日のこと
いつもと変わらず先輩商人のおつかいで、あっちこっち走りまくっていた時、 不安そうな顔をしてうろうろしている小さな女の子を見つけたんだ。
周りのみんな忙しそうに走ってる あんなに不安そうな顔をしている女の子なのに誰も声をかけないのかなって思ったら、いつのまにか女の子の前で話しかけている僕がいたんだ。
「お嬢さんどうしたの? 道に迷ったのかな?」
なるべくゆっくり笑顔で話す僕を見ても、 不安で緊張している女の子の表情はなかなか変わらない。
そりゃそうだよね
目の前にいる子は、髪の色は金色、陶器のような白い肌をしているとても綺麗なお嬢さん。それに引き換え僕は、荷物運びで服はボロボロ。体は綺麗にしてるとは思うけど、体の色は黒に近い茶色だもんなあ。周りのみんなも僕と同じような感じ。
だから、 彼女の姿を見た時に、彼女異国から来たのかな?って思ったんだよね。
案の定、彼女は異国から来た様子。
かなり慌ててるようで、 ただでさえわからない異国の言葉で 一生懸命何かを訴えようとしているんだけど…
ごめんね。僕、君の言葉全く分からないんだ。
どうしようか?どうしようかって本当に迷って、ふと思い出したのが、鞄の中に大事にとってあった万年筆と紙。
こんなに高級なものを使えないよなんてさっきまで思ってたけど、人助けだったらノーカンだね。きっと未来の僕も許してくれるよって思って、僕は紙に万年筆を走らせたんだ。
もしかしたら字は分かるのかもしれない。
『どうしたの』
そう書いた途端、僕の字は一瞬消え、次の瞬間見たこともない国の言葉に変わったんだ。
それを見た瞬間、彼女の顔から笑顔が溢れて、また僕に向かって分からない言葉を早口で喋るんだ。
なんだかわからないけど今持ってる万年筆は、彼女が分かる言葉を書いてくれる。ますます早くなっていく彼女の言葉に面食らってた僕は、 藁にもすがる思いで彼女に万年筆を渡したんだ。
すると、 僕が思っていることが分かったのか?彼女は紙に向かって、ものすごい勢いで文字を書き始めたんだ。
すると今度は、彼女の言葉が僕の言葉に変わってきて、道に迷って困っている事や、彼女が僕の親方の大事な取引役のお嬢さんであることがわかってね、 僕は無事、彼女と親を引き合わすことができたんだ。
彼女と親が無事会えて笑顔でニコニコ。
僕は、先輩の用事をすっぽかして怒られるかと思ったら、親方から誉められて金一封まで貰っちゃった。
これで終わりかと思ったら、彼女が僕の側を離れない。なにやらお父さんと話したあと、急に僕の手を引っ張り走り出したんだ。
『今日からキミは私のボディーガード、帰国までいろいろよろしくね☆』
なんて、紙に浮かんだ文字を見て、僕は頭を抱えたんだ。
『 腕っぷしなんか自信ないって、僕のこのひょろひょろな体見たらわかるでしょ?』
なんて紙に書いたら
『バカねぇ いいの、アンタ見たいな正直者がいいのよ』
だって。
それから嫌と言うほど引っ張りまわされた。あれなにこれなに?あの食べ物食べたいあそこが気になるから行ってみたい…と彼女の好奇心は尽きる事がなく、大事なお客様のご令嬢をお守りするのが精一杯な僕の精神と体力はどんどん削られていったんだ。
そんな僕を見かねてか、彼女は広場の噴水で足を止めて、当たり前のように露店で甘味を買って来てって書くんだ。
『なんで僕がおごらないといけないの?』
って書くと
『私を助けたからお小遣いもらってるんじゃないの?こんなに綺麗なレディと一緒にデートしてるんですもの、甘味おごるくらいしてもいいんじゃないかしら?』
なんて書くんだよ。
もうね、呆れるを通り越して感心しちゃったよ。
そんな彼女のボディーガード?は日が沈みそうになるまで続き、親御さんのところに送り届けられたのは日が暮れる一歩手前。最初は親御さんに怒られてしまったけど、彼女が必死に僕をかばってくれたから、最後には丁寧にお礼を言ってもらえてほっと一安心。まったく、本当に困ったおてんばさんだよ。
で、
それで終わりかと思ったら、彼女は次の日からも当たり前の様に僕のところに来るんだ。
僕の仕事が終わったら僕の手をひっぱってあちらこちらを歩き回り、夕日が落ちる前に親御さんに送り届ける生活を送っていたら、あっという間に彼女が帰国する日が来てしまったんだ。
引っ張りまわされながらも一緒にいる時間がとても楽しかったから、お礼代わりに買ったブレスレットを渡したら、耐えきれなくなったのか?彼女が僕に向かって飛び込んできてわんわん泣くんだよ。
親御さんには驚かれ、周りのみんなからは冷やかされたけど、もう彼女の事は友達だって思ってたから
「今度は僕の方から会いに行くよ」
って言うと
「絶対の絶対に、ぜっったいに会いに来てね。待ってるから」
だって。
帰国するために乗る船が出る時間ぎりぎりまで彼女と話し、最後に”ゆびきりげんまん”って言う、破ったら針千本飲まされる恐ろしい呪術までかけられちゃったから、僕は最後まで手を振る彼女の姿を見ながら、本当に会いに行こうって心に決めたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼女と別れてから数年。
私は約束通り、彼女に会いに異国の地に着きました。
親方から異国への仕事を任されたついでですが、親方には見抜かれてるようで、
気合入れてしっかりGETしてこい!なんて背中を思いっきり叩かれてしまいました。
彼女に教えてもらった事は本当に多く、あの日から私の人生は大きく変わったように思えます。
あの万年筆と紙を使えば、多くの異国人と話が出来る。
その人を知れば、その人の国を知る事が出来る。
いろいろな人との交流の中で、僕は商人としてだけではなく、人として成長が出来るって事をいつの間にか彼女に教えてもらっていたんだなと思います。
多くの経験をして、先輩や親方からも認められ、異国での商談をまかされるまでになったのはひとえに彼女のおかげ。商談が終わったらこの気持ちを素直に言いたいと心に決め、私は取引先との商談をするために戸を叩きます。
手紙は何回も送ったけど、会うのは数年ぶり。
彼女は僕の事を覚えているのだろうか?なんて思いながら戸を開けると、そこにいたのはすっかり成長して大人になった彼女がいました。
「えっ?なんでいるの?」
って言ったらさ、
「遅い!ずっと待ってたんだからね!このバカ!」
っていきなり怒ってさ、気が付いたらあの時見たいに、僕の胸に飛び込んできたんだ。
後ろに立っていた親御さんは苦笑いしていたけど、僕はそれを見ないふりして彼女に言ったんだ。
「会った時から君の事が好きでした。どうか私の妻になってください」
と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから数十年。
私は二つの商会からの援助を経て自分の店を持ち、世界を股にかけた商売をすることが出来るようになりました。
隣には可愛い妻、そして二人の子供がおり、これからさらに頑張って行こうと思っています。
カバンの中に大事にしまっていたあの万年筆と紙ですが、もうすっかり使わなくなってしまいました。今も大事に手入れをしていますが、もう使う事はないでしょう。
そんな忙しくも楽しい日々を送っていた朝。
どこかで見た光景が目の前にありました。
若き日の私のように、目をキラキラさせながら一生懸命荷降ろしをする商人見習いの子が、あちらこちらに走り回りながら仕事をしているのです。
懐かしいなと見ていたら、ふと私の鞄が光ったような気がして、中を見ると、あの万年筆が見えました。
あっ、そっか。そういう事なんだね。
気が付いたら私はその少年が見つけやすい場所に、そっと万年筆と紙が入った封筒を置いていました。
あの頃の私と一緒の駆け出しの彼は、 きっと僕とは違う道を歩むだろう。
そこにこの万年筆の力が加わるかどうかも分からないけれどそれを決めるのも決めないのも彼次第。
だけど、万年筆と紙は彼を選んだ。
だから私は引き継ぐんだ。
どうか、あの少年が幸せな道を歩けるようにと、そんな願いを込めながら。
かけだし商人が手にしたもの おさるなもんきち @osaruna3
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