片恋狂騒曲

森乃 梟

第1話

 戸或とある学園高等部、只今ただいま、四限め数学の授業中。


「おい、七瀬ななせ! 昨晩話してた原稿の件さあ…。」

「しーっ! 一ノ瀬君、その話は放課後に! 

斉藤先生の授業は私語禁止よ。」


 ピシャリと言われてしまった。


「七瀬は薄情だよなぁ。」


 …あー、何だってオレは、こんな女が好きなんだろう? 


 昨夜も電話してみたが、なんだかんだ風呂だとかで、すぐに切られてしまった…。


 個人のTELは着信拒否。


なんでも、

「オレに教えて、付きまとわれたら大変だから」

とのたまわったらしい。


 なので、連絡手段は家TELしかない。

が、ハードルが高すぎ~っ。


 やっとつながったTELでさえ素っ気ない。


 

 オレは、斜め前に座る七瀬を見つめる。

 

 黒板を見つめる横顔は、凛としていて綺麗だ。


 

 高い位置で結ばれたポニーテール。

おくれ髪が残る白いうなじ…。


 …いかん! 

七瀬の入浴シーンを想像してしまった。



 一人焦る頃、終業のチャイムが鳴った。



 七瀬は女子のかたまりに入り、弁当を食べ始める。


 オレもメシめし。


「七瀬ぇ、後で斉藤の宿題見せてぇ?」

「またぁ? TELされるよりも良いけど。じゃあ部室でね。」

「部室? やった!」


 …放課後、文芸部の部室で七瀬と二人きり! 


「一ノいちのせ君、今日は四ッよつや先輩が来るって。」

「ええーっ! 四ッ谷ぁ? あのストーカー四ッ谷ぁ?」

「何言ってるの? 卒業後も寄稿してくれる有り難い先輩じゃない。」


 

 四ッ谷OG、初めて会ったのが去年文化祭。


 文芸部の出展で出会って、クラスの模擬店までついてきて、出し物のコーヒーを渡された。


 オレは大の甘党。

砂糖とミルクをたっぷりいれなきゃ、コーヒーなんて飲めない。

 でも男は黙ってブラックだよな、と一気にに流し込んだ。


 以来、四ッ谷は学校に来る度にオレの後をついて来る。



 オレは、独りつぶやく。

「オレ、完全に呪われてるよなぁ。

何しろ相手は『四谷怪談』の四ッ谷だもんなぁ…。

でも七瀬には嫌われたくないし…。」



 去年の文化祭以降、教えたわけでもないのに四ッ谷OGからのTELが鳴ったり、LINEが来たりと恐ろしいコト続き!



 …そうだ! 

あの四ッ谷OGは八代やしろ先輩に任せよう。 


 八代先輩の態度は、見え見えだもんな。


 今日こそ七瀬と二人きりだと思ったのに、まさか四ッ谷まで来るなんて。


 ツイてない!


 っと、その前に八代先輩を知らせないと! 


 …四ッ谷OGには八代先輩がお似合いだもんな♪


 

 三年の教室。


「八代せんぱーい!」

「おう、一ノ瀬。どうした?」

「今日、四ッ谷OGが来ます。」

「お前、なかなか気が利くな。」


 八代先輩がニンマリ笑む。


「オレ、八代先輩のコト応援してますから。」

と、根回しバッチリ、これで良し! 



 いざ部室へ。


 前を行く後ろ姿。

「七瀬!」

と、声を掛けたら、七瀬の隣に不気味な影が…。


  出た! 四ッ谷!


「一ノ瀬くぅん、お久しぶ…。」


 言葉を無視し、七瀬を見る。


「七瀬、宿題!」

「全く、毎回毎回。 仕方ないなぁ。」


 部室に入ったオレは、奥の机を陣取り、手渡されたノートを見ながら、黙々と宿題を写す。


 ゾゾゾ~、背中に悪寒が走る。


 振り返ると四ッ谷OG!


「四谷先輩、何か用スか?」


「一ノ瀬君、あのね、あのその…。」



 …八代先輩、早く来てくれ~ぇ!


「その…、クッキーを焼いてきたの。」


 間一髪、言い終わらぬうちに八代先輩が部室に来た!


「八代先輩、これ四ッ谷先輩の手作りクッキーだって。

みんなで食べませんか。」



 …間に合ったぁ!

 オレは胸を撫で下ろす。


 案の定、八代先輩はクッキーの包みを抱きしめ、独り占めして、1つ1つを噛み締めるように食べている。


 オレは七瀬のノートを写す。


 …七瀬ぇ、好きだぁ! 


 「八代先輩、私にもクッキーをくださいな。

四ッ谷先輩は本当にお菓子作りが上手いですよね。

今度、私にも教えて下さい。」


 七瀬の声が聞こえる。


「七瀬ぇ、それってオレに作ってくれるってコトぉ?」

「違うけどぉ?」


 ガクッ、返事の早さに全身の力が抜けそうになる。


「一ノ瀬君、クッキーが欲しければ私が…」


 四ッ谷OGの言葉は無視して


「オレは、七瀬の作ったクッキーが食いたいんだヨぉ。」


「四ッ谷先輩、またクッキー焼いてきてもらえますか?」

 クッキーを抱え込んだ八代先輩が、どさくさに紛れて四谷OGに頼んでいる。


「誰にもやらんぞ!!」



 …イヤ、それは誰も取らないから。

だから八代先輩、早く全部食っちまって。


 オレは内心、ホッとしていた。


 「七瀬、あんがと。写せたワ。」


 七瀬にノートを返す。

 かすかに手が触れる。

 …やったぜ!


「一ノ瀬君、また私のノートに落書きした?」

「それは、ボクの愛の言葉…」


 言い終わらぬうちに丸めたノートで頭をポカポカ。


 …これも愛のむち、七瀬、オレは今、至福の時間だよぉ。



 気付くと帰宅の電車の時間。

しかし、徒歩10分の駅までは間に合わない。


「次の電車まで一時間かぁ…。

 七瀬、デートしよう!」

「またラーメンでも食べようって言うんでしょ?」

「当たりぃ。」

「太るから、ヤーよ!」

「七瀬ぇ。」


「あの…一ノ瀬君、私、車で来てるの。

 送るけど…。」

「四ッ谷先輩、車で来てたんスか? 

 じゃあ、お願いしてもいいスか?」

「ええ、もちろんヨ!」


「八代先輩! 四ッ谷先輩が家まで送ってくれるって。

八代先輩ん家は、何しろ山道で暗くて危険ですから。

お願いします!」



 キラリーン★

八代先輩の瞳がまるで少女漫画のように光った。


 後ろ手で、Good job を示す八代先輩。

それに応えるオレ。


 …ガンバレ八代先輩!


 ガーンと口を開けたままの四ッ谷OGを置いて、オレは七瀬の肩に手を遣り部室を出た。



「もう離してくれない?」


 バチン! 


 制服の上からでも手形がつきそう…。


「七瀬サン? 痛いんですが?」

「一ノ瀬君、貴方のせいで八代先輩と全然話せなかったワ!」


「あの…。ちょっとお尋ねしますが、七瀬サン、八代先輩のコト…。」

「憧れてるけどぉ? 

寡黙かもくだけど、作品の中に溢れる情熱…。

素敵よねぇ。」


 …寡黙? 誰の話だ?


「ええ? あの人、よく話すぞぉ? それにただのオタクじゃん?」

「ストイックと言ってよね!」


「八代先輩は好きな人がいるぞ?」

「それは、全然構わないけど? 

私は、八代先輩の作品が好きなだけだから。」


「で、今度、いつクッキーを食わしてくれるの?」

「えっ? 好きな人に作ってあげるの…。」


 ガーンがーんぐわぁん。

頭の中でこだまする。


「それより、コレ!」


 七瀬が、さっき借りたノートを突き出す。


「コレがどうかした?」

「まさか、本気じゃ無いでしょう?」

「正真正銘、マジ! 本当!!」



 開かれた頁には、オレの字で

『君のコトが好きなんだ』

と、書いてあった。


「一ノ瀬君、私をからかってるでしょ?」

「え? なんのコトですか、七瀬サン。

ボクはいつも正直者デス。」


「なぜあなたが、八代先輩の次の作品を知ってるの?」

「? 知らない。見てない。読んでない。」


 鞄からファイルを取り出す七瀬。

 

 次の瞬間、八代先輩の原稿用紙が突き出された。


 じじじっと見つめるオレ。 


 指をさされた箇所を読むと…。


「『君のコトが好きなんだ』とあの子のノートに書いて渡したぁ?」


…八代先輩、なんてぇ話を書いてやがるんだ! 

 オレが必死に考えた愛の告白を…。



 結局、オレの決死の告白は、見てもいない八代先輩の原稿の模倣イタズラにされてしまった…。

 切ない…。



 足下に広がったノートの


 『好きなんだ』


と書かれた横に


 『私も好きヨ。』


と七瀬の文字が。


 だが、オレは気付かないまま…。 



…七瀬ぇ、オレはお前のコトが本当に好きなんだよぉ。


 気付いてくれよぉぉぉお! 


心の中で叫べども、七瀬には届かない。


 

 片想いはつらいやネ。

      


  終わり

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