最近、毎日髪の色を直せと絡まれる

流布島雷輝

第1話

 お昼休みを始まりを告げるチャイムが校内に響く。授業を終えた生徒達が昼食を食べようとお弁当を取り出したり、学食に向かっている。どこにでもある普通の光景。


「そこの校則違反者、止まってください!!」


 1年生の教室の前で右腕に風紀と書かれた腕章を付けた黒縁の眼鏡少女――里崎風香は標的を見つけると、注意すべく呼び止めた。


「なによ。何の用なの?」


 風香に声をかけられた少女――相崎雪乃は、振り返るといかにも面倒くさそうに風香の顔を見た。実際、彼女がこの時間に風香に声をかけられるのは今回が初めてというわけではない。昨日も同じ時刻、同じように声かけられた。というよりここ数日ずっとこうだ。

 周囲の生徒たちもまた、面白そうな見世物が始まったと周囲の教室から物見遊山に集まり、二人を見学している。


「髪染めたままじゃないですか。直してくださいって昨日も言いましたよね」

「別にいいじゃん。私の勝手でしょ。私が茶髪にするぐらいさ」

「全くよくありません。校則違反なんですから」

「誰にも迷惑かけてないでじゃんか!!何が悪いのさ!!」

「悪いに決まってるでしょう!!ルールを守ってないんですから!!大体、髪色のことを抜きにしても、貴女はだらしなさすぎるんです。髪はボサボサのままだし。ちゃんと手入れしてくださいよ。せっかく綺麗な髪なのに台無しじゃないですか」

「悪い?それこそ私の勝手じゃん」


 髪の色はまだしも他のことは校則に定められているわけでもない。そもそも緩いせいで校則を守っていなくてもあまり注意されなかったりする。実のところ、他人に注意しようとする風香が奇特な人間だったりするのだ。


「大体、その腕章、何?自作?あんた風紀委員でも何でもないじゃんか。そもそもうちの学校、風紀委員なんて存在すらしてないじゃん」


 里崎風香は風紀委員ではない。風香が身に着けている風紀委員の腕章も彼女が自作したものでしかないし、彼女に雪乃に命令して何かをさせる権限などというものも当然のことながら存在していない。


「な、何が悪いんですか!?ふ、風紀委員の腕章をつけてはいけないという校則はありませんよ」


 急に風香が動揺した様子を見せる。


「別に悪いとは言わないけど。どんな格好してようが、あんたの自由だしさ。でもさ、私に絡んでくるなら話は別よ。昨日もそうだったけど、見た感じ、私しか注意してないでしょ。何のつもりなのよ」


 当然のことながら、この学校には雪乃の他にも校則違反者は存在している。にもかかわらず、どうやら雪乃以外に風香に注意された人間はいないらしいのだ。どういうことなのか。雪乃は問いただそうとした。


「あ、そ、それは……」


 急に歯切れが悪くなった。何か言いづらいことなのか。


「なんなの?気になるじゃんか。言いなよ」



 雪乃が風香の目をまっすぐに見据える。


「……相崎さんのことが心配で。不良みたいな髪色で悪い人たちと付き合ったりしたらって」

「なんで、あんたがそんなこと心配してんの?よくわかんないんだけど。」


 一瞬の沈黙のあと、風香がボソッとつぶやいた。


「……好きだったんですよ。相崎さんのこと」

「はぁ?」

「以前に相崎さんのことをみかけて、すごく美人で素敵だなって、一目ぼれしたというかそれでそのうまく話しかけるきっかけがつかめなくて、それであの相崎さん最近髪の毛を染めましたよね。私黒髪の頃の相崎さんの方が素敵だなって思っていまして。だから、こう風紀委員の真似事みたいなことをしたら話しかけられるかなって」


 急に早口になった風香が一息にまくしたてた。思った以上に面倒くさいやつなのではと雪乃は思った。


「いや、そんな理由で最近毎日のように突っかかってきたの?本当に意味わかんない。バカじゃないの?」

「バカじゃないです!私成績はいいんですから」

「いや、バカだよ。もう少し普通に話しかけてきなよ。それだったら、こんな面倒くさいやり取りしなくて済んだしさ」

「ううぅ……」


 先ほどまでの威勢が嘘のように、風香の声がどんどん声が小さくなっていく。


「まあいいわよ、もう。お昼もまだだし一緒に食べる?」

「いいんですか?」


 風香の顔が明るくなったように見えた。


「いいわよ。別に。あんたのせいで時間も結構すぎちゃったしさ。今更」


 二人は食堂へ向かったのだった。

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