第三章 黒き刃 薄明の希望 4

 只事でないとは分かっていたが、それでも外の状況はフォルテを愕然とさせた。

「来たか」

「なんだ、これ……」

 宿の少し先で男に追いついたフォルテは、その向こうに見える景色に釘付けになる。

 フォルテは武門の子弟といえ、戦場を見た経験はない。それでも本や伝聞で実戦を想像することはあったが、目の前の光景は、そんな御曹司の甘い空想など遥かに超えていた。

 村の広場に、炎が撃ち込まれている。

 それも火矢や投石などではない。人の頭ほどある純然たる炎の塊が、空から降り注ぎ、村の中央広場の地面を叩いているのだ。

 現実味のない光景に呆気にとられていると、夜闇の中から一人の青年が走ってきた。

「エディスさん!」

「イルベスか。状況は」

「指示通りに。民家の被害は防御の結界石を起動して食い止めていますが……火の粉の始末には結構骨が折れます」

「そうか。やはりもう一人くらい、魔法使いが欲しかったな」

 褐色の男――エディスは呟いてから、改めてイルベスというらしい青年に視線を向ける。

「予定通り続けろ。攻撃隊の支度は万全だな。合図と同時に三方向の門から向かう」

「了解です!」

 大声で言うと、イルベスは慌ただしく闇の中へ走り去った。

 それを見届けるより早く、エディスは傍らのフォルテに視線を移す。

「見ての通りだ。今、この村は襲撃されている。それを退けるのが我らの役目だ」

「役目って、広場燃えてるじゃないかよ……」

 フォルテは呆然と広場を見る。中心では高く組まれた櫓が赤々と燃え、周囲に点在する押し車や干し草などにも火が付いていた。地面が剥き出しのせいか、広範囲への延焼には至っていないようだが――。

「囮だ。流石に何も燃えていないのでは怪しまれるだろう」

「えっ?」

「それより確認だ。お前、剣術の心得自体はあるんだな?」

「あ、ああ……」

「では俺と来い。零時の方角だ。合図と共に反撃に転ずる」

 有無を言わさず言い切り、エディスは炎の上がる広場を迂回して歩き出す。

 急いでその後を追うと、彼は村の門の一つの脇で立ち止まった。そこには既に十人強ほどの武器を携えた軽装の男たちと、二頭立ての荷馬車が待機している。

「エディスさん。あれ、その坊主は?」

「手伝わせる。首尾は」

 簡潔な説明だが、男たちは「了解です」とすぐ受け入れた。余程エディスが偉いのか――それとも、信頼されているのだろうか。

「予定通りです。後は合図を待つだけですが……。あの、本当にこのやり方で大丈夫なんでしょうか」

「敵の力を削ぐには一番の方法だ。成功さえすればな」

「アリエルの奴、働かせすぎだって怒りますよ……」

「……噂をすれば。どうやら、そろそろ時が来たようだ」

 と、エディスは何かを察知した顔で、空を見る。

 他のほとんどの者はよく分からないという表情で、耳など欹てていたが――フォルテにははっきりとその変化が理解できた。

 ――誰かの、歌の旋律が変わった。

 ずっと聞こえていた禍々しく混ざり合う合唱。その中の一つの声がはっきりと転調し、声色を、それに歌の調子まで変えてきたのだ。唐突な変化に他の声も困惑したのか、合唱全体に乱れが生じ始めている。

 あからさまな変化なのに、何故か気付いた顔の人間がほぼおらず、フォルテは不思議に思ったのだが、その疑問に没頭する暇はなかった。エディスがすぐに周りの男たちを促し、慌ただしく馬車の荷台に乗り込ませ始めたのだ。彼自身も御者台に座り、手綱を握る。

「お前たちは守備だ。村を襲おうとする者が出たら、確実に仕留めろ」

 エディスは地上に残る数人、特にフォルテの顔を見て言うと、次に馬車側を見渡す。

「馬車が止まったらすぐにかかれ。村には決して被害を出させるな」

 その言葉に馬車の男たちが各々返事をした直後――不意に、皎、と声が響き渡った。

 まるで、夜闇を照らす標のような力強い声。今度は場の全員に聞こえたようで、誰もが顔をさらに引き締めた直後、エディスは掛け声と共に手綱を鋭く振るい、闇を裂く雷鳴のような馬の嘶きを響かせる。

 直後、馬車は勢い良く村の門を飛び出した。道を走り、ほどなく遠巻きに村を囲む松明の集団のうち、路上で立ち竦む数人を跳ね飛ばして速度を落とす。それを合図に、男たちは揺らぐ足場をものともせずに荷台から飛び降りて、辺りの敵に斬りかかった。

 フォルテは目を凝らし、門の横から闇を見据える。松明を持った敵は、暗色のローブを纏う集団だった。かれらは馬車の襲撃に動揺したが、それでも魔法を、また武器を携え攻撃に転じ、馬車の一団と鬩ぎ合い始める。

 フォルテは息を飲んだ。……これが、本物の戦い。

 兄からは競技一辺倒でない武術を教わっていたはずだが、目の前の光景は、そんな『稽古』など及びもつかないものだった。

 突き刺し、穿ち、叩き割る。武器の一閃を浴びた者は血を撒き散らし、等しく地に伏せる。熱気と怒号、殺気の支配する――人と人、戦士と戦士の、殺し合い。

 現実感のない高揚に浮かされながら、それでもフォルテは戦況を見定めることは忘れなかった。――接近戦の能力は、完全に馬車の一団が上。だが相手の数が多い。隙を突かれて無勢となる度、危ない局面に晒されている。

「あっ……!」

 フォルテの横で、誰かが叫んだ。

 フードの数人が戦いの隙を突き、こちらに向かってくる。エディスたちも遅れて気付くが、周囲に敵がいてすぐ追うことができない。

「くそ、ここで食い止めるぞ!」

 後ろに立つ一人の声を合図に、守備を割り振られた戦士たちが門から駆け出す。

 フォルテも一緒に外に出て、正面の敵を強く意識しながら、両手で剣の柄を握り直して――その直後。

「――っ!?」

 突然、剣を起点に、鋭い脈動が全身を貫いた。

 思わず手元を見ると、握る手指の周りだけ滲むように、剣の柄に仄かな発光がある。

 わけが分からず狼狽える一方、フォルテの思考に、あるひとつの確信が浸透していった。

 ――自分は、この剣の使い方を知っている。

 兄と戦い、ここまでの道中でも何度も柄を握ったはずなのに、その時は全く思い浮かばなかった考え。だがこの瞬間になり、その感覚は剣から手指、腕を伝って頭と心に結びつき、血と共に全身を巡り――。やがてフォルテの思考に、ひとつの指向性をもたらした。

 静かに正面を見据え、フォルテは両手で剣を下段に構える。

 他の戦士たちは、戦いに身を置く者の本能からか、フォルテの異変に気づくとすぐに道の脇に身を避けた。そうして開けた道の先に、フォルテは標的の姿を見定める。

 数は、正面に一人、二人……三人。

 剣を体の一部として、体を剣の一部として。冷静に思考を処理し、フォルテは駆け来る敵を見据えて、時を待つ。

 心に抱くのはただ、目の前の敵を倒さねばならないという、強い意志。

 そして直線上に味方がいなくなり、標的と自分の距離がある一線を越えた時、フォルテは剣を大きく振りかぶった。

 瞬間、刀身から黒い靄が発生し、刃の周りで渦を巻く。だがそれに気を取られることなく、フォルテは剣を斜めに、ついで眼前を横薙ぎに、大きく振り払う。

 すると、最後の薙ぎ払いの軌道から、強烈な突風が巻き起こった。

 周囲の戦士が、また前方で戦う者たちまでもが驚愕に目を見開くが早いか、突風は輝く巨大な鎌刃の形に凝縮され、辺りの草原や畑を波立たせて、一直線に突進し――、

 そうして、正面の標的たちの額を、中身まで余さず割り砕いた。


 開け放たれた窓から差し込む朝焼けの光が、暗かった室内を照らし始める。

 澱のような暗闇を清めて注ぐ光の中、シャーリーはソファの横で身を固くし、縮こまって座っていた。腕にはフォルテの残した剣の鞘が、酷く重く抱えられている。

 既に戦いが終わっているであろうことは、夜明け前に外であがった勝鬨で理解していたが、それから随分時間が経った今も、シャーリーは動けなかった。頭痛は治まっていたが、それ以上に心を蝕む痛みに、脚どころか、手指の一本も動かせない。

 ――きっと、これは罰なのだろうと思った。

 あれだけ心配してくれたフォルテから目を逸らし、自分の辛さだけに閉じ籠もってしまった罰。フォルテに外に行けと言ったのだって、いっそ自分などどうにかなってしまい、彼が一人で助かればいいという、自暴自棄で、彼の思いを無視した気持ちからだった。

 ――だから、報いを受けたのだ。

 自分自身ではなく、大切なものが傷つき。

 そしてそんな相手を、いまだに心のどこかで『自分と違う幸福な子』と嫉み続けてさえいた、自分の弱さと醜さを突きつけられるという、最悪の形で。

『これ』がこの場に残されていたのも――きっと自分を罰するためだったのだろう。

 冷たい鞘に縋り、シャーリーは呼気を小さく喘がせる。

 胸を冒す後悔と孤独は、時間と共に益々心を締め上げる。その痛みに耐えられず、微かな震え声を零しかけた、その時――、

 廊下を叩く足音が朝の空気を震わせ、入り口の扉が開いた。


 ――その少し前、村の門の外でのこと。

 戦いは、フォルテが桁違いの一撃を放った後、ほどなくして終了した。

 周囲の敵は動揺で総崩れとなり、驚きこそしたが隙を見せなかった馬車の一団に、次々と討ち取られていく。

 そんな中、フォルテは道の真ん中に膝を突いて座り込んだまま、動けなかった。

 周囲には戦いの喧噪。指が石化してしまったかのように手から離れないのは、既に靄の消えた、滑らかな刀身の黒い刃。

 鼻を突くのは、夏の噎せ返る暑さに滲む、血の臭い。

 正面には――自分が殺した、人だったものの残骸。

 いずれ訪れる瞬間だと、頭のどこかでは分かっていた。

 仮にあのまま兄のもとにいても、自分の将来の選択肢を考えれば、きっと『これ』を、いつかは経験していた。

 それだけのこと。……ただ、それが早まった上、唐突にやってきただけなのだ。

 そう必死に思おうとしても、襲う震えと眩暈は止まらなかった。

 あの時、確かに剣を通して不思議なことは起った。だが最終的にそれを選び、行ったのは自分自身。村を救い、大切なものを守るため――敵を、倒さねばと。

「っ……ぐっ、……あ……かはっ……!」

 心が限界に達し、フォルテは剣を取り落として胸を掻き毟ると、土の上に蹲り、胃の中身がなくまるまで嘔吐した。

 夜明け前の空には、戦闘終了の合図を告げる花火が幾つも打ち上げられ、防衛の成功を告げる。だがその全てが遠く、耳にも、心にも届かない。

 やがて空の端に橙の光が滲み、吐き気が喉や胸の痛みにしかならず、腹の中から水分すら出なくなった頃、息を喘がせ顔を上げたフォルテは、傍らに、一人の男が立っていたことに気がついた。

 フォルテを戦場に誘ったその男は、静かな、だが僅かに悔いるような瞳で、夜明けの風が渡る中、言う。

 ――初めてだったのなら、それで仕方がない、と。

 手足の震えも、襲う眩暈も。己の全てを枯らしてしまいたいほどの嘔吐感も。

 全ては当然で恥じることでないが、受け入れねばならないのだと。責めるでも嗤うでもなく、ただ事実を告げる口調で、男は言った。

 それが刃を取り――剣となって戦うことを選んだ者の、背負う宿命なのだと。


 ――そして、現在。

「ただいま、シャル」

 朝焼けに透ける部屋の中、シャーリーの姿を見て、フォルテは安堵の溜息と共に言った。

 部屋を出た時と違い、彼はソファの横に座り込んでいた。どうせなら上に座っていれば――などと妙に冷静に思ってしまいながら、フォルテはおぼつかない足取りで室内に入る。

 体を動かす力など、本当はとうに失っていた。残ったのは気力ですらなく、ただシャーリーのもとへ帰らねばならないという、慣性や本能に近い、ひたむきな意志。

「フォル……テ……」

 そんなフォルテを見上げ、シャーリーは腰が抜けたように座ったまま、力なく呟く。

 彼も憔悴していた。それは勿論、一晩を待って過ごしたせいもあるだろう。だがフォルテは、シャーリーが自分を見た瞬間、はっきりと酷い狼狽に表情を歪めたことを見逃しはしなかった。

 ――ああ、そうか。

 自分はもう、彼が見て異常を感じるほどに、これまでと違ってしまったのか。

「……外、出なかったのか?」

 それでもフォルテは、少しでもシャーリーを安堵させたい思いで微笑を作り、重い体を引き摺って、彼のそばへと歩み寄る。

「もう大丈夫だ。戦いは終わって、今は片付けとかしてる。……ごめんな、遅くなって。もっと早く迎えに来てやれれば良かった」

 近付くフォルテを見上げ、シャーリーは酷く思い詰めた表情で、立ち上がろうと身じろぎする。

 だがそれより早く、フォルテがその目の前に、崩れ落ちるように座り込んだ。

「フォルテ……!」

 小さく叫び、咄嗟に体を支えようとするシャーリーに、フォルテはまた笑顔を作ってみせる。だがどうも上手く笑えなかったらしく、シャーリーは表情の憂いを深めると、フォルテの顔を見つめて――やがてそっと、力なく垂れたフォルテの右手を取ろうとした。

 ――そこには、まだ抜き身の黒い剣が握られている。

 フォルテは一瞬で顔を歪に強張らせ、急いで手を引こうとするが、シャーリーに驚くほど強い力で押さえられ、逃げられなかった。

 或いはフォルテの手に、今はもう、それだけの力が入らなくなっていたのかも知れない。

「……お前の手、冷たいな。フォルテ」

 シャーリーは悲しげに呟き、彼自身冷え切った指でフォルテの柄を握る指をなぞると、顔を上げ、まっすぐにフォルテを見据える。

 底の底までを見透かすような、透明な空色の瞳。

 ある種の悲しみすら宿すその色に囚われ、フォルテは目を逸らすことすらできず、ただ心の全てを、あらゆる虚勢を剥ぎ取られて裸にされた気持ちで、畏れを抱く。

 やがてシャーリーはその掌をフォルテの手に重ねると、黒い剣をそっと持ち上げた。

 艶めいて光る刀身を見据えてから、そっと刃を傾け、自分の方へと向ける。

 驚くフォルテの前で、だが彼が差し出したのは、もう一方の手に携えた剣の鞘だった。低く掲げ、刃の先を差し入れると、ゆっくりと中に収めていく。

 かち、と鍔の当たる音がした。シャーリーは小さな吐息を漏らすと、共に柄を握るフォルテの手を見る。そして強張った指に触れ、ひとつずつ解いて、剣の柄を離させた。

 そうして取り上げた剣を、シャーリーはそっと、自らの体に抱く。

 まるでその剣こそが、自らの引き受けるべき罰の証である――とでもいうように、重く。

「済まない。私が……余計なことを言ったせいで」

「え……?」

「私が不用意なことを頼まなければ……お前は、傷つかずに済んだ」

「……何を言っているんだ? シャル」

 上滑りする笑顔で答えながら、フォルテの胸の奥に、じくり、と刺すような痛みが滲む。

 そんなフォルテを見据え、シャーリーはきっぱりと言った。

「お前は……恐らく、人を斬ってきた」

「……………………」

 ――どうして。

 どうしてここにいたシャーリーに、それが分かるのか――。

 だがそんな疑問を追求する余裕は、今のフォルテにはなかった。辛うじて作ってきた笑顔が強張り、完全に凍り付く。それを見たシャーリーは短く息を飲むと、再度悲しげに表情を歪め、長い睫を伏せて、俯いた。

 数秒が、数十分にも数時間にも感じられる沈黙。

 外の喧噪も暁光も、何もかもが作り物めいて、遠い。

 薄い紗のような静寂は、暫く部屋の中を支配していたが――やがてフォルテは細く息を吐くと、シャーリーの顔をまっすぐに見つめ、そっと口を開くことで、帳を割り開いた。

「お前が謝ることなんて、何もないよ。シャル」

 静かな、酷く穏やかに大人びて響く声で、フォルテは告げる。

「いつかそうなってた。それに、俺はちゃんとお前を守れた。だから……お前がそんな顔をすることなんて、ないんだ」

 そう――これは悲観でも、諦観でもない。

 自分はシャーリーを守れた。誇りこそすれ、悔いることなどない。ただ『守る』ということにどれほどの覚悟が必要だったのか、これまで全く理解できていなかっただけだ。

 シャーリーは顔を上げ、硬い表情でフォルテを見据えている。

 お前にはそんな顔をして欲しくないな――とフォルテが思った直後、シャーリーは酷く表情を沈ませ、剣を脇へ遣ると、身を乗り出し、崩れ落ちるようにフォルテの体を抱いた。

「シャル……?」

「ごめ……っ、ごめんフォルテ、……私、……私はっ……!」

 荒くなりかかる呼気を必死で押し殺し、シャーリーは声を途切れさせて言い募る。

 それでも抑えきれずに吐息と胸を震わす様は、まるで泣いているようで、フォルテは自然と彼の背に腕を回していた。体を支え、そっと引き寄せて、自分の体に寄り掛からせる。

 普段なら撥ね付けられそうな行為も、今は拒絶されなかった。シャーリーは暫くの間顔を伏せ、肩を震わせ縋り付いていたが、やがてそっと顔を上げ、フォルテを見る。

 冬空の色の瞳は酷く思い詰め、触れたら砕けそうなほど、強く危うい意志を宿していた。

「フォルテ……。全部、悪いのは私だから。お前に起きたことは、私のせいだから……」

「シャル……」

「だから、だからどうか変わらないでくれ。お前のままでいてくれ。でなければ、私は……もう耐えられ……っ……」

 再び顔を伏せたシャーリーの、小さく震える体の重みを支え、フォルテは沈黙する。

 そうしてふと顔を上げ、窓の外に遠い明けの陽光を見て――不思議なほど穏やかな気分で息を吐き、腕の中の体温を確かめるように抱き寄せてから、シャーリーの背をそっと叩いて顔を上げさせ、優しく微笑みかけた。

「シャル。……シャル。大丈夫だ。俺は変わらない。お前がそばにいてくれるなら、俺は俺のままでいられる。……お前を悲しませるような俺には、絶対にならない」

「フォルテ……」

「だから……俺を支えてくれ。俺も、頼りないかも知れないけど、お前を支えるから」

 フォルテはシャーリーの空色の瞳に、自分の黒曜の瞳を、そっと重ねる。

 そして、胸に湧き上がるあたたかな気持ちのまま、その言葉を告げた。

「……一緒に生きよう。シャル」

 シャーリーは喉を震わせ、顔を上げてじっとフォルテを見つめてくる。

 それから不意に泣き笑いに似た表情を浮かべると、それを隠してまた顔を伏せ、額をフォルテの肩口に当てた。

 その重みと熱を受け止めるうち、フォルテは自分の心身の痛みも、部屋に広がる日の光の中にゆっくりと解け、癒えていくような感覚を覚えた。

 ――きっと、一緒なら大丈夫だ。

 抱く腕に力を篭め、フォルテは目を閉じる。

 窓から吹き込む清らかな風と、明るく注ぐ陽光は、長い夜の終わりと新しい時間の始まりを、静かに、だが確かに知らせていた。

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