株式会社グラムトロン 兵装開発課主任研究員A氏への取材記録

正方形

紙とペンと魔法

 紙とペンだ。

 紙とペンだったんだ。

 『大開放』から25年。僕たちのがぶっ壊されて25年。今までの常識はあの日に全部書き換わってしまったんだって、もう何度も実感したはずだったのに。

 僕たちはまだ固定観念に囚われていたんだ。

 気付いてみれば当たり前のことなんだ。『大開放』よりこっち、世界にはいまもって理屈の分からないなんていうシステムが導入されてしまった。物理法則は魔法の概念と混じり合って、時に歪められ時に無視される代物にまで落ちぶれた。

 そりゃ今でも脳みそぶち抜けば銃器でも人は殺せるよ。原理的にはそうだ。でも現実的じゃない。だって武器を手に殺し合いをするような連中が相手にする奴らは、みんな魔法を使ってくる。

 それが何を意味するか。

 こめかみに銃口を押し当てた状態で引き金を引かれても弾が射出されるより早く回避できる程度には身体能力を強化してるってことだ。

 外部から飛来する物体の運動エネルギーを強制的にゼロにする程度の障壁は常時展開してて当たり前ってことでもある。

 要するに物理法則に則った原理を利用した従来兵器は全部、玩具と区別がつかなくなったってこと。

 だから僕たちは、おっかなびっくり魔法に手を出した。クライアントになんとかしろって恫喝と共に迫られたからね。

 まず異人を雇った。『大開放』でウチの世界とくっついた別の世界に元々いたとかいう連中ね。彼らは『大開放』直後のあの当時で既に魔法が使える貴重な人材だったから。

 最初にやったのは、既存の商品……当時のだからもちろん火器なんだけど、これに魔法を付与することだった。エンチャントってやつ。

 何だかよくわからないけど魔法とやらの領分に足を突っ込みさえすれば全部解決するんじゃないかって楽観視してたんだ。そうであって欲しいって願望もあった。

 でもこれは早々に失敗だとわかった。エンチャントじゃ弾丸の方に魔法を付与しないと障壁を突破できないっていうのは真っ先にわかった問題だったね。

 エンチャントって付与効果どれくらい持続するか知ってる? 方法にも拠るけど、一番簡単でコストもかからない方法だとせいぜい一日が限度なの。一日しか保たないんじゃ出荷してクライアントのとこに届く頃には切れちゃってるわけ。

 方法がないわけじゃなかったんだよ。弾丸一発一発に刻印する形で深くエンチャントすれば半年くらい保たせることもできるの。それでも半年。一発ずつ刻印するのにかかるコストもバカにならないし、クライアントの反応も良くなかった。

 何よりも、開発を進めるうちにもっと重大な問題にぶち当たった。魔法を使える人間が扱う武器として考えると、火器って圧倒的にんだよね。火器って射出力とか弾速を炸薬なりなんなりの爆発が生み出す推進力に頼ってるから、秒速何メートルだとかの数値で表せる物理法則の範疇のスピードしか出せないんだけど、魔法を使うとそういう次元とは異なる速さになるんだよ。魔法開発課の同僚は速いっていう概念そのものの優劣の話になるとか表現してたかな。

 知ってる? 最前線で切った張ったしてる達人レベルになると、投げたものが過程をすっ飛ばして当たった状態だけ訪れるようにするみたいなこともできるの。何言ってるかわかるかな。要するに投げたらもう当たってるの。『速い』みたいな過程の話じゃなくて、射出するものに『当たった』っていう結果を概念として付与してるから。さすがにそこまでのレベルの使い手はそう多くないけど、それでもそれに準じるレベルの存在を仮想敵としても通用するような兵器じゃないと意味がないわけ。

 とにかく、開発を始めてかなり早い段階で、魔法のある世界で従来の火器をそのまま武器として使い続けようとするのが相当悪手らしいってことは判明した。

 それで次に取り掛かったのが、兵器の歴史を遡ること。どうも原始的な武器の方が魔法を前提とした戦闘では扱いやすいらしいっていうことがわかってきたから、じゃあどの武器が一番良いかってところが検討された。

 で、行き着いたのが刃物。剣でも槍でも、形状はなんでもいいんだけど。いずれにしても魔法っていう尋常じゃない力の補助を受けちゃったら、下手に小細工するよりも直接ドタマかち割っちゃうのが一番確実だし早いし強いっていう元も子もない結論に至ったわけ。

 そうなったときに困ったのが素材だ。ウチに取材に来るくらいだから勉強してるかもしれないけど、魔法は媒体によって伝導率と定着率が違う。あんまり正確なことを講義する時間もないからざっくり言うと、一般に金属や鉱物は伝導率が高いけど定着率が低い。魔法を伝えやすいんだけど効果を持続させるのが難しい、って言い換えても良い。

 もちろん例外はあるよ。『大開放』より後に採掘されるようになった新しい鉱物の一部……フィクションで出てくる架空の金属にあやかってミスリルって俗に呼ばれてる金属なんかは、伝導率も定着率も良いね。でも一品モノならともかく、量産品の材料として使おうと思ったらミスリルはあまりにも原価がかかりすぎる。

 じゃあ一般的な金属を使おうってなったとき、伝導率が高くて定着率が低いと何が困るか。障壁の貫通効果を備えた武器として製作するのがものすごく難しいんだ。武器の使用者がその場で貫通効果を付与して攻撃するのは伝導率の高さから容易なんだけど、あらかじめ武器自体に貫通効果を備えさせて、しかもそれを減衰しないよう持続させるのは技術的にかなり難易度が高いってこと。

 これにはかなり頭を捻ったよ。この問題を解決するための創意工夫がここ20年強の武器産業の全てだったと言っても過言ではないかもしれないくらい。

 そうそう、武器の方が原始的な刃物に収斂していくのと同時に、防具にも再び注目が集まるようになった。再びっていうのは、魔法があまりにも強力過ぎたせいで、魔法を防ぐには魔法でなければ無意味という印象が広まって、『大開放』直後に防具というものが極端に軽視される時期があったから。それが原始的な武器での斬り合いに回帰したことで、障壁貫通しか魔法的な効果のない刃物ならば防具で防ぐこともできるっていう視点が生まれた。

 これによって従来の防刃・防弾ベストをベースに、魔法で耐切創性や耐貫通性を強化した防具が開発されてきた。で、実はこっちも武器と同じで、強度を上げようとすると素材の問題で魔法による強化が技術的に難しくなるって問題と戦い続けてきた。

 結局のところ、強い武器防具を作ろうと思うと魔法との相性で苦労するっていうのが、今までの兵装業界の常識だったんだ。

 前置きが長くなったね。

 いま喋ったボトルネック、これを完全に解決したのが、今回ウチが出す新商品。取材の最初からずっと君の目の前に置かれてる、紙とペンだ。

 そもそも。そもそもだよ。魔法っていうそれまでの世界観をぶち壊す要素が闖入してきてしまった時点で、僕たちはあらゆるものに関する一切の先入観を取り払わなければならなかったんだ。

 これまで武器や防具だったものは変わらずにそうだろうという先入観。

 これまで武器や防具でなかったものは変わらずにそうでないだろうという先入観。

 それらが僕たちの眼を曇らせていた。

 いいかい。

 武器の構造に威力はいらないんだ。

 防具の材質に強度はいらないんだ。

 威力も強度も、究極的には魔法が代理してくれるんだから。

 僕たちが追求するべきは、いかに効率的に魔法を攻撃にのみ傾け、防御を事前の準備だけで済ますかという点だったんだ。

 そのために必要なのが、伝導率が高く魔法行使の自由度を限界まで高められる媒体としての武器と、定着率が高く特定の目的のために極限まで特化した魔法効果を予め付与し維持することのできる媒体としての防具だ。

 定着率の高い素材を使った防具に強力な魔法効果を付与しておくことによって、戦闘中に防御に割く魔力を最小限にする。他方で、攻撃のバリエーションと威力を増加させる方向にのみ特化した形態の武器で最大最高の攻撃を行う。

 これが魔法戦における武器と防具の最適解だ、というのがウチの新商品のコンセプト。

 もう少し詳しく話そうか。伝導率と定着率の話は既にしたね。金属や鉱物は伝導率が高く定着率が低い。反対に伝導率は低いけど定着率は高い性質を持つのが木や草みたいな植物だ。

 この時点で今回のコンセプトに沿った武器と防具に必要な素材が決まる。武器は金属か鉱物。防具は植物だ。

 あとは形態だ。まず武器では、従来の武器が採っていた形状の考え方を一度完全に捨てた。その上で一番魔法行使の自由度を高められる形状を突き詰めた結果、が最適だという結論に達した。

 ではどうやって金属や鉱物を液体として扱うか。ここで重要なヒントになったのが鉱物顔料を用いたインクの存在だった。伝導率の妨げとならない溶媒に粉末状にした金属を撹拌して特殊なインクを作成することで、このペンが完成した。もちろん使用した溶媒と金属は企業秘密だよ。

 固着の魔法を併用すれば空間にだって魔法陣や詠唱を記述できるし、インクそのものを武器にすることも更なる魔法の媒体にすることも自由自在。少なくともこれまでとは戦術の幅が一桁違ってくる位の変化は実感できると思う。

 次に防具。こちらも従来の防具の常識を一度白紙にして、最も定着率の高い素材と状態は何かを調べるところから始めた。結果として出来たのがこの紙だ。こちらも詳細は言えないけど、複数の木材から抽出したパルプを配合して作られてる。これに使用者の希望通りにカスタマイズした魔法効果を付与して全身を覆うように成形すれば、前代未聞のペーパー・アーマーの完成だ。着脱が面倒に見えるかもしれないけれど、その点はかなり工夫してある。

 さあ、あとは実際に性能を見てもらった方が早いだろう。テストルームへどうぞ。新しい時代の兵装と戦い方のスタンダードをお見せするよ。

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